5月号について
「歴史街道」編集部かわら版にようこそいらっしゃいました。
写真は編集部のすぐ近くの千鳥が淵の桜です。
残念ながら、昨日の雨でずいぶん散ってしまいました。
水面に、桜の花びらのラインができているのがわかりますでしょうか。
さて、まずは、本日発売の5月号について少しご案内を。
総力特集は「軍師・島左近」。
石田三成に仕え、関ケ原の戦いを画策したといわれる伝説の軍師です。
「三成に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」
という歌で有名ですね。
ある伝承では、島左近は、三成の必死の説得により仕官を受け入れ、
1万5千石の俸禄で召し抱えられます。
これは、当時の三成の禄高4万石のうちの4割近くを与えられるという
破格の待遇でした。この時より、左近は三成のために働くことを誓います。
そして豊臣秀吉亡き後、天下をうかがい始めた家康を牽制するために、
左近は「関ケ原」を画策しますが・・・。
老獪な家康に対抗するには、三成はあまりにも純粋すぎました。
しかし左近は三成のその純粋さを愛し、最後は満身創痍になりながら
獅子奮迅の活躍を見せます。類稀な力量を持ちながら、
まさに「士は己を知る者のために死す」という言葉を体現したような、
信じる人のためにすべてをかけた男の生き方を描いています。
ぜひ、ご一読をお願いいたします。(横)
コメント
東郷平八郎と小栗忠順
で、「地方の山村に隠棲していた遺族を捜し出して…」というくだりは、ウィキペディアからの引用と思われますが、間違いで、遺族は会津から明治2年に東京へ戻り東京に住んでいました。
「その後、孫は内務省に勤務することになった」というのもウィキペディアの間違いで、内務省に勤めたことはありません。
このほかにもウィキペディアには間違いや舌足らずな表現が多く見られますので、引用されるときは要注意です。
小栗上野介の寺 東善寺
住職 村上泰賢
投稿者: 村上泰賢 | 2007年06月04日 15:35