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映画「早咲きの花」

早咲きの花.jpg
先日、映画「早咲きの花」の試写を観てきました。
豊橋市制100周年を記念して作られた映画で、原作は宗田理。
監督は菅原浩志、主演は浅丘ルリ子。

物語は…海外でピンホールカメラマンとして活躍するシュナイダー植松三奈子が、ある日遠からず失明することを医者から宣告された。三奈子は光を失う前に、自分が幼少時代を過ごした故郷の風景をピンホールカメラに収めようと、豊橋に帰ってくる。彼女は偶然に知り合った高校生の行彦と小枝子に、子供の頃の思い出を語る。それは戦時中、小学生の兄真次やその友人たちと過ごした、輝いていた時間だった…。

作品中、現代の高校生の小枝子が、「豊橋は何もない所と言われます」と言うと、三奈子(浅丘ルリ子)が、「昔はもっと何もなかった。でもとても豊かだった」と言うシーンがあります。
食べ物も着る物もろくにない戦時中ですが、人の心だけは豊かだった、という意味だと思います。確かに、作品で描かれる真次や三奈子の子供時代はきらきら輝いていました。
東京からの転校、泳げない真次への悪友たちの荒っぽい仲間入りの儀式、河原での石投げ合戦、畑でのスイカ泥棒……。たぶん当時どこででも見られた風景なのでしょうが、それがとても魅力的に感じられるのは、おそらくそれが現在は失われてしまったから。
今はある意味、物が豊かになりすぎて、人の手を借りずとも生きていける時代になりました。だから他人の干渉を嫌い、自由の名のもとに自分の中に閉じこもる。
でもほんの少し前まで、一人では生きていけない厳しい時代でした。生きるために、家族はもちろん友人や周囲と力を合わせ、必死で毎日を送った。他人の痛みを自分の痛みとし、自分が泣いている時、一緒に泣いてくれる人がいた。食べ物、着る物に不自由しても、気持ちはとても豊かだったのかもしれない、そんな気がしました。
戦争による残酷な結末はありますが、戦争の悲惨さ以上にこの映画の伝えたかったのは、
本当の意味の豊かさを次代に手渡すということではないでしょうか。
真次や三奈子の子供時代の笑顔から、そのメッセージは十分に伝わってきました。(辰)

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