若宮八幡宮にて
雪蹊寺周辺の散策が終わった後は、若宮八幡宮へ向かいました。
永禄3年(1560)、長宗我部元親が初陣以来、崇敬し続けた神社ですが、
こんな逸話も伝わっています。
天正14年(1568)、島津攻めで長宗我部軍が豊後へ出陣した際、
旗の笠標が鳥居の冠木(かぶき)あたりにぶつかり、千切れてしまいました。
元親は凶兆だとして、これを気遣ったのですが、戸次川の戦いで、
嫡男信親を失ってしまうのです。
その後、鳥居は海中に投げ捨てられたといいます。
元親の心の痛みが伝わってきそうな逸話です…。
現在、参道には、七鳩酢草(かたばみ)の旗が風にたなびいており、
長宗我部ゆかりの神社であることを思いました。つづく…(永)