人名事典

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王貞治

(おう・さだはる)
1940年5月20日、東京府墨田区で中華料理店を営む両親の下、二卵性双生児として生まれる。少年期は戦争の傷がまだ癒えない復興期だったが、活気が漂う町で家族や近所の人たちに愛されながら育つ。小学校高学年になると、近所の路地で野球らしきものを始めてチームも作り、中学では母校のエースとして区大会優勝へチームを導いた。1956年、早稲田実業に入学。1957年、夏の甲子園でノーヒットノーランを達成するなど、プロの注目を集める。1959年、希望だった巨人に入団(背番号1)。入団後3年間はプロの厚いカべに悩み「三振王」などと野次を飛ばされたりしたものの、4年目に荒川博氏との再会により「一本足打法」のスタイルを見つける。その後はホームランを打ち続け、1977年に756号で世界新記録を樹立し、1980年の868号まで記録を伸ばした。世界新記録達成の偉業が称えられ、1977年、当時の福田赳夫首相から初の「国民栄誉賞」を授与される。また、ON砲として、長嶋茂雄選手と一緒に時代を彩る数々のホームランや名勝負を生み出した。
(データ作成:2012年)