読者の広場 [PHPほんとうの時代 2008年8月号]

夫に「ごめんなさい」 そして「ありがとう」

速水峰子

 先日スーパーで買い物をしていると、私のとなりでひとりのおじいちゃんがメモ用紙を広げて、何やらぶつぶつつぶやいていた。そして、いきなり私に聞いてきた。
 「おねえさん、鶏肉はもも肉とむね肉と、どっちがええんかのう」。メモ用紙を見せてもらうと、煮つけ用と書いてある。「今日は、ばあさんがゲートボールの試合で遅うなるので、わしが買い物当番や。ばあさんがメモ書きを持たせてくれた」とやさしそうに笑う。
 私は胸がジーンと熱くなった、と同時にうらやましくもなった。まさに二人三脚で一生懸命支え合って生きている姿に感動した。それに引きかえ、私はどうだろう。主人とこんな穏やかな会話をしたことがあるだろうか。
 野球ばかり見てうるさい、食べものをこぼしてばかりで汚い、などと口を開けば小言しか言ってないような気がする。
 お父さん、ごめんなさい、反省します。
 毎日、平和に穏やかに暮らしていけるのは、お父さん、あなたのおかげです。私もいつか、感謝の言葉を添えて、お父さんに買い物のメモ用紙を渡せたらいいなと考えています。

(54歳・大阪府・パート)

[編]出会ったおじいさんのやさしい笑顔は、紆余曲折を経た、長い夫婦生活の賜物なのでしょう。毎日平穏に、笑顔で過ごせることが、ほんとうの幸せなのかもしれません。


清々しい気持ちになったある母親の行動

河村一雄

 今年2月末に、若いのに感心な1人の母親に遭遇した。団地の駐輪場を通り、バス停へ向かう途中であった。
 2、3歳くらいの女児が手に持っていた数枚の硬貨を地面に落とし、拾おうとして何回も試みたが果たせない。その子は大声で泣き出した。自転車の開錠をしていたその母親は「手袋を脱いでやってみなさい」と言っただけで、どんなに泣きわめこうと、自分の子に手を貸そうとはせず、じっと見守っているだけだった。言われた通り、しぶしぶその子は手袋を脱ぎ、素手でやっと硬貨をひろうのに成功した。母親は、泣き止んだ子を自転車の後部座席に乗せて立ち去った。
 私は、指図しただけで手を出そうとしなかったその母親は偉いと思った。自立心が育つし、こんな場合は、手袋を脱げばよいということが、その女児に分かったはずだ。
 家庭での子の教育、躾は難しく、近頃なおざりにされていると聞く。しかしこの一件で、それは決して難しいことではなく、その気さえあれば子どもの教育、躾は何時でも、何処でもできるものだと思い知らされた。その日1日は、その親子に出会ったおかげで、妙に清々しい気持ちで過ごすことができた。今後もこんな経験をしたいものだ。

(75歳・大阪府・無職)

[編]家庭での教育が一因とも思える不可解な事件が多いなか、清々しいお話をありがとうございます。日本も捨てたもんじゃない、きっといい国にできる、そう思いたいものです。


私を受け止めて支えてくれた日記帳

飯澤春美

 母子家庭の貧しい子供の頃にいじめられっ子だった私が、唯一自分の気持ちをぶつけることが出来たのが、メモ用紙に書く文字。小学校でも家庭でも、暗くて無口な少女は、いつもメモ用紙に向かって、自分の世界に入っていた。その続きと言うと過言になるかもしれないが、現在まで日記は続いている。若い頃は、ほんの2行ほどで思い付いた時だけだったが、結婚して仕事に子育てに家庭にと、時間に追われる日々になるとストレスが溜り、その捌け口として日記を書くのはほとんど毎日に。
 夜寝る前に書くのだが、親としての力量の無さに涙しながら、思い通りにならない夫婦関係に怒りながら。仕事を辞めて独り暮らしの母の介護が始まってからは、毎日休むことが無い「独りっきりの介護」に苦しみながら……。悩み、苦しみ、怒り、悲しみ等を沢山受け止めてくれた日記帳に感謝している。
 だが母が亡くなった2年前から、日記帳にも変化が出て来た。平和ボケなのか更年期なのか、物事が思い出せず、言葉が出て来ないことが多くなった。テレビドラマ等で刑事が容疑者にアリバイを聞く場面を観るが、もし私が容疑者ならば答えられなくて不安だ。
 そんな思いから始めたのが「1日遅れの日記」で、一日の出来事はもちろんのこと、郵便物、外出、家計簿と必死で思い出しては翌朝に書く。だから大学ノートの半分ほどが文字で埋まる。ボケ防止と「自分の身は自分で守る」そんな気持ちもあり、書いている。

(55歳・東京都・主婦)

[編]良き相談相手だったり、将来をイメージするものだったり、日記の役割は十人十色のようです。先行き不透明な時代、日記を書くことは、自分の確かな歩みを振り返るためにも大切なことかもしれません