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【総力特集】紫電改と343航空隊「剣」

死闘に挑んだエースたち

COLUMN3 猛者たちを魅了した二人の青年隊長

三四三航空隊で戦闘四〇七、七〇一の飛行隊長をそれぞれ務め、部下から絶大な信頼を得ていた林喜重と鴛淵孝。若き二人の隊長はなぜ、猛者揃いの隊員たちを従えることができたのか。それは操縦技術はもちろんのこと、林と鴛淵の人となりに拠る部分が大きかった。

「海兵出の士官の中には飛行予備学生を“スペア”と見下す者もいたが、あの人はそんな素振りを微塵も見せなかった」と部下が語るように、林は誰にでも分け隔てなく接する人物であった。こんな逸話もある。林がなぜか軍服姿では帰宅しないので、弟が理由を尋ねると、次のように語った。

「帰宅途中に、もし自分より年上で階級が下の人が奥さんや子供さんを連れて歩いているのに出会った場合、挙手の敬礼は相手が先にしなければならない。奥さんと子供さんの前で、それは気の毒じゃないか」

こうした細やかな心配りができるので、林は上の者からは信頼され、下の者からは慕われる評判の隊長であった。

一方の鴛淵は、職務に真摯に向き合う姿で部下を惹きつけた。中でも七〇一分隊長の山田良市を驚かせたのが、整備員たちへの接し方である。源田実司令が「縁の下の力持ち」と称したように、整備員の苦労は搭乗員に劣らず、風呂に入る時間もないほどに働いていた。そんな彼らに人一倍厚く接したのが鴛淵であった。整備員は朝の3、4時頃には機体整備や暖機運転を行なうが、鴛淵はそこに必ず顔を出していたという。そしてある日、その時間にまだ寝ていた山田良市に、
「分隊長、何やってる。明日からさっそくやりなさい」

整備員たちと苦労を分かち合い、ねぎらうことを忘れない鴛淵の姿勢に接するにつれて、七〇一の面々は「この人なら」との思いを強くしたという。

林と鴛淵という周囲を惹きつける二人のリーダーがいればこそ、四〇七と七〇一の隊員たちは勇躍して紫電改に乗り込み、大空へ飛び立つことができたのだろう。