雑誌
巻頭の言葉
不健全に煽られる増税論議
(たけなかへいぞう)/慶応義塾大学教授
竹中平蔵
10年前の1998年、日本では混乱のなか橋本政権が崩壊し小渕内閣が誕生した。その前年の消費税引き上げで経済が一気に悪化し、橋本政権の責任が問われたのだった。それを受けて誕生した小渕政権は、事態を収拾させるために大幅な財政拡大に踏み切ることになった。10年後の2008年、日本は同じように消費税をめぐって政策と経済が大きく動こうとしている。
興味深いのは、消費税という、経済政策のなかでももっとも厄介なイシューをあえて前面に出して、政治が争いを展開しようとしていることだ。政治が経済問題を利用しようとしている。しかも、けっして健全なかたちではなく、である。
いうまでもなく消費税の問題は、財政改革の観点から中期的に避けて通れない問題だ。財政健全化という観点から、薄く広く負担を求める消費税の役割はきわめて大きい。また、地方の財源を確保するために偏在性の少ない消費税の重要性が増すことは誰にでも理解できる。さらには、国際的に見て高い水準にある法人税を引き下げるためにも、それに代わって消費税を引き上げればよいと考える人も多い。つまり財政当局も地方も経済界も、消費税引き上げを行ないたいという、十分なインセンティブをもっている。
しかし、選挙を抱えた政治家の視点から見れば、増税を打ち出すことには、つねに大きなためらいがある。国民の拒否反応を、気にしないわけにはいかない。興味深いのは、それにもかかわらず2007年からの一連の論議のなかで、むしろ政治(の一部)が消費税引き上げを極端に煽ってきたことである。2007年 11月の自民党財政改革研究会の報告では、消費税率を2010年代半ばに10%に引き上げるべしという提言がなされた。
しかし、純粋にマクロ経済的な立場から財政健全化を議論するなら、このような極端なかたちの増税論議は明らかにおかしい。自民党提言の背景として、 2007年10月に経済財政諮問会議が財政の将来試算を示し、そのなかで大幅な消費税増税の可能性を示唆している。しかしこれらの試算はあえて明確なバイアスをかけた試算であり、大幅増税ありきの"為にする"試算となっている。具体的にいうと、「社会保障改革はしない(社会保障のコストは厚生労働省の申し出のまま)」「歳出削減はしない(人件費などは連動して増加する)」「金融政策は失敗する(デフレは克服できず、金利は名目成長率を大きく上回る)」ということを前提に将来の財政を描き、「だから大幅増税が必要」と主張している。
現実の日本の基礎的財政赤字は、6年前の28兆円から近年は9兆円のレベルまで低下してきた。もちろんこれは、消費税の増税なしに実現されたものである。したがって、このまましっかりと改革を続ければ、消費税増税なしに、ないしはあったとしても大幅な増税なしに財政の健全化が可能であることは容易に想像できる。
消費税論議の本来の結論は、ある意味で常識的なものだ。政府日銀が政策に失敗すれば、消費税引き上げ幅が大きくなり国民に負担がかかる。経済政策の運営に成功すれば、引き上げ幅は小さくて済む。しかし現実に、政府・与党は大幅な増税が必要であるという(その裏で経済政策はうまくいかないという)ポジション取りをしたのである。そうしたなかでわれわれは2008年を迎え、政治経済の難しい舵取りに直面しようとしている。
なぜ政府・与党がこのような無理なポジション取りをしているのかについて、関係者のあいだではいくつかの可能性が指摘されている。第一に与党は、そもそも民主党の最大の弱点である財源問題を明示的にイシューにすることによって、野党を切り崩そうとしている、というものである。自民党が消費税について明確な姿勢を示せば野党も何かいわざるをえなくなる、と考えるのだ。
第二は、長期的に消費税引き上げが避けられないことを前提に、これを盾に大連立を実現しようとしているというものだ。経済財政諮問会議がなぜこうした無理な試算を公表したのかを考えると、何らかの大きな政治的思惑が作用していると考えても不思議はない。事実、諮問会議による試算公表から約10日後に、福田・小沢の党首会談が行なわれている。政治家にとって、増税を掲げて選挙を戦うためには、そうとうに勇気が要る。増税を掲げての選挙のリスクを避ける有力な方法は、大連立を実現することだ。そうなれば、増税は選挙の争点ではなくなってしまう。このように見ていくと、今回の増税論議は財政再建のあり方をどうするかという重要な経済問題が、政治的行動の素材にされていることが見て取れる。政治が経済を食う、といってもよいだろう。
一方で政治がこのような動きをしているあいだに、日本経済は着実に悪化の兆しを見せはじめた。2007年度の経済見通しは民間機関の予測平均値で 1.5%。政府経済見通しは2.1%だが、これは下方修正せざるをえなくなるであろう。サブプライム問題で世界の資産市場が混乱しているが、日本の場合その直接的な影響は比較的軽微であると考えられている。しかしその日本の株価下落が、主要国中もっとも大きなものとなっている。つまり政治不在のあいだに、経済悪化が始まったという意味でも、政治が経済を食っているという構図が出現している。
2008年は、日本経済が好循環の道を歩めるか、それとも悪循環のシナリオに入るかの大きな分かれ道になるだろう。好循環とは、改革路線を継続・強化し、それによって成長期待が高まるケースだ。成長が高ければ、税収増によって大幅な増税の必要もなくなり、経済はいっそう安定的に拡大する道が開かれる。逆に改革が進まず期待成長率がさらに低下すれば、大幅な増税が必要になり、これが経済のさらなる鈍化をもたらしてしまう。政府・与党は、その意味で悪循環シナリオをたどる可能性が高いことを示している。
しかし政府・与党がこうしたポジション取りをしたことによって、野党側に大きなチャンスを与えたといえる。自分たちなら日本経済を好循環シナリオに乗せられるという意思と計画を国民に示せばよいのだ。橋本内閣退陣からちょうど10年を経て、いま政治に大きな変化が生じる予感がある。そして、同じくそこに消費税が絡んでいる。2008年、政治・経済は再び動乱への入り口に差し掛かっている。
興味深いのは、消費税という、経済政策のなかでももっとも厄介なイシューをあえて前面に出して、政治が争いを展開しようとしていることだ。政治が経済問題を利用しようとしている。しかも、けっして健全なかたちではなく、である。
いうまでもなく消費税の問題は、財政改革の観点から中期的に避けて通れない問題だ。財政健全化という観点から、薄く広く負担を求める消費税の役割はきわめて大きい。また、地方の財源を確保するために偏在性の少ない消費税の重要性が増すことは誰にでも理解できる。さらには、国際的に見て高い水準にある法人税を引き下げるためにも、それに代わって消費税を引き上げればよいと考える人も多い。つまり財政当局も地方も経済界も、消費税引き上げを行ないたいという、十分なインセンティブをもっている。
しかし、選挙を抱えた政治家の視点から見れば、増税を打ち出すことには、つねに大きなためらいがある。国民の拒否反応を、気にしないわけにはいかない。興味深いのは、それにもかかわらず2007年からの一連の論議のなかで、むしろ政治(の一部)が消費税引き上げを極端に煽ってきたことである。2007年 11月の自民党財政改革研究会の報告では、消費税率を2010年代半ばに10%に引き上げるべしという提言がなされた。
しかし、純粋にマクロ経済的な立場から財政健全化を議論するなら、このような極端なかたちの増税論議は明らかにおかしい。自民党提言の背景として、 2007年10月に経済財政諮問会議が財政の将来試算を示し、そのなかで大幅な消費税増税の可能性を示唆している。しかしこれらの試算はあえて明確なバイアスをかけた試算であり、大幅増税ありきの"為にする"試算となっている。具体的にいうと、「社会保障改革はしない(社会保障のコストは厚生労働省の申し出のまま)」「歳出削減はしない(人件費などは連動して増加する)」「金融政策は失敗する(デフレは克服できず、金利は名目成長率を大きく上回る)」ということを前提に将来の財政を描き、「だから大幅増税が必要」と主張している。
現実の日本の基礎的財政赤字は、6年前の28兆円から近年は9兆円のレベルまで低下してきた。もちろんこれは、消費税の増税なしに実現されたものである。したがって、このまましっかりと改革を続ければ、消費税増税なしに、ないしはあったとしても大幅な増税なしに財政の健全化が可能であることは容易に想像できる。
消費税論議の本来の結論は、ある意味で常識的なものだ。政府日銀が政策に失敗すれば、消費税引き上げ幅が大きくなり国民に負担がかかる。経済政策の運営に成功すれば、引き上げ幅は小さくて済む。しかし現実に、政府・与党は大幅な増税が必要であるという(その裏で経済政策はうまくいかないという)ポジション取りをしたのである。そうしたなかでわれわれは2008年を迎え、政治経済の難しい舵取りに直面しようとしている。
なぜ政府・与党がこのような無理なポジション取りをしているのかについて、関係者のあいだではいくつかの可能性が指摘されている。第一に与党は、そもそも民主党の最大の弱点である財源問題を明示的にイシューにすることによって、野党を切り崩そうとしている、というものである。自民党が消費税について明確な姿勢を示せば野党も何かいわざるをえなくなる、と考えるのだ。
第二は、長期的に消費税引き上げが避けられないことを前提に、これを盾に大連立を実現しようとしているというものだ。経済財政諮問会議がなぜこうした無理な試算を公表したのかを考えると、何らかの大きな政治的思惑が作用していると考えても不思議はない。事実、諮問会議による試算公表から約10日後に、福田・小沢の党首会談が行なわれている。政治家にとって、増税を掲げて選挙を戦うためには、そうとうに勇気が要る。増税を掲げての選挙のリスクを避ける有力な方法は、大連立を実現することだ。そうなれば、増税は選挙の争点ではなくなってしまう。このように見ていくと、今回の増税論議は財政再建のあり方をどうするかという重要な経済問題が、政治的行動の素材にされていることが見て取れる。政治が経済を食う、といってもよいだろう。
一方で政治がこのような動きをしているあいだに、日本経済は着実に悪化の兆しを見せはじめた。2007年度の経済見通しは民間機関の予測平均値で 1.5%。政府経済見通しは2.1%だが、これは下方修正せざるをえなくなるであろう。サブプライム問題で世界の資産市場が混乱しているが、日本の場合その直接的な影響は比較的軽微であると考えられている。しかしその日本の株価下落が、主要国中もっとも大きなものとなっている。つまり政治不在のあいだに、経済悪化が始まったという意味でも、政治が経済を食っているという構図が出現している。
2008年は、日本経済が好循環の道を歩めるか、それとも悪循環のシナリオに入るかの大きな分かれ道になるだろう。好循環とは、改革路線を継続・強化し、それによって成長期待が高まるケースだ。成長が高ければ、税収増によって大幅な増税の必要もなくなり、経済はいっそう安定的に拡大する道が開かれる。逆に改革が進まず期待成長率がさらに低下すれば、大幅な増税が必要になり、これが経済のさらなる鈍化をもたらしてしまう。政府・与党は、その意味で悪循環シナリオをたどる可能性が高いことを示している。
しかし政府・与党がこうしたポジション取りをしたことによって、野党側に大きなチャンスを与えたといえる。自分たちなら日本経済を好循環シナリオに乗せられるという意思と計画を国民に示せばよいのだ。橋本内閣退陣からちょうど10年を経て、いま政治に大きな変化が生じる予感がある。そして、同じくそこに消費税が絡んでいる。2008年、政治・経済は再び動乱への入り口に差し掛かっている。







