巻頭の言葉

公務員制度改革への猛反撃

(たけなかへいぞう)/慶応義塾大学教授

竹中平蔵


 官僚が「復権」した、といわれている。たしかにそのとおりだ。霞が関の官僚群が、政策の主導権をとっているように映る。官僚組織は政策の執行を担当する職員集団であるはずだが、政策の企画立案から執行までのすべてに大いなる影響力を発揮している。現実に官僚のあいだでは、「いまや霞が関は成長産業」という声も聞かれている。
 しかし、なぜ官僚は復権したのか。官僚主導の何が悪いのか……。こうした問題は意外と議論されていない。政治家が駄目だから官僚が復権した、という一般的な理解だけでは問題の解決につながらない。目下議論されている公務員制度改革を正しく進めるためにも、この本質論を深めておく必要がある。
 官僚主導による政策の決定的な欠陥は、次の二点にあると考える。
 第一は、終身雇用制度の下で“公共政策”という特殊な業務を行なっているために、各省庁という組織に「私的な利害」が生じてしまうことである。具体的に、政府が公的なカネを使って行なう政策には、それによって利益を受ける集団がどうしても権益をもつ。彼らはそれを守り、また強化するために政治家の力を活用する。ここでいう政治家こそ、いわゆる族議員である。官僚は、本来公僕として公的な利益を追求する立場にあり、現にそうした志をもって公務員になる者は少なくない。しかし官僚集団は、終身雇用制とその先にある退職後の生活基盤確保のため、結果的に利害団体と族議員をつなぎ、政策をアレンジする連結環としての役割を果たすことになる。政策が利権になり官僚組織もその一部にあずかる、という構図ができるのである。
 第二に、政治家ではなく官僚であるがゆえに、リスクを取った思い切った政策ができないという宿命がある。民主主義社会において国の政策を決めるのは、あくまで国民の代表である。政治家こそが、その責任と権限において政策を決定する。まさに国会こそが、国権の最高機関である。にもかかわらず先にも書いたように、実際は官僚が多くの実質決定を行なう仕組みになっている。しかし、政治的リスクまでは取れないから、どうしても大胆な変化をもたらすような政策は出てこない。「足して二で割る」とは、まさにこうした点を意味している。
 つまり官僚依存だと、(1)既得権益とぶつかる政策は取り上げられない、(2)政策の中身は足して二で割ったもの(効果のないもの)になる、という問題点をもつのである。
 こうした問題があるにもかかわらず官僚依存の政策決定が続いてきた背景には、重要な要因がある。それは、長年にわたって官僚が行政上のノウハウを独占してきたことである。政治家はもとより民間の専門家と称する人たちも、政策の具体的な中身は官僚に聞かなければほとんどわからないというのが実情だ。行政のノウハウは、それ自体けっして高度で難解なものではない。しかし、終身雇用で政策を行なう官僚組織がそうしたノウハウを独占しているからこそ、政治家やメディアも官僚を批判しながらそのお世話になる、という構図が続いてきたのである。
 そこで小泉内閣では、これに正面から挑戦し、政治主導で政策を活性化させる努力が行なわれた。第一の問題に対しては、経済財政諮問会議で民間議員の存在を活用し、思い切ったアジェンダ設定を行なうことが志向された。第二の問題については、責任ある立場の政治家(大臣など)と専門家がチームをつくり、官僚依存の政策を超えようとした。いわば、非公式なポリシー・ユニットが存在し、機能したのだ。その際、専門家としては、役人でありながら親元の官庁とは一線を画した、志ある中堅官僚が重要な役割を果たしてくれた。不良債権処理、郵政民営化など、まさにこの二つの要素(諮問会議と非公式ポリシー・ユニット)が結合した結果だった。
 しかしその後、官僚が復権したのである。理由は明快だ。これら二つの要因を壊した。まず、アジェンダ設定で重要な役割を果たす経済財政諮問会議を官僚が乗っ取ったのである。いまでは民間議員の名前で出されるペーパーの中身に、明らかに官僚主導と思われるものが含まれるようになった。そして、非公式なポリシー・ユニットは存在しなくなった。小泉改革に協力した志ある官僚の多くは排除され、一方でそれに続く官僚が出てくる気配はない。
 官僚の復権は、その意味では正面突破のやり方で、諮問会議と非公式ポリシー・ユニットという仕組みを壊しにかかったのである。オーソドックスな攻め方、という意味ではきわめて「官僚的」である。けっして奇策ではない。攻めたほうよりも、攻められたほうのふがいなさに問題があったのかもしれない。
 そうしたなかでいま、安倍内閣以来の公務員制度改革が注目される。じつはこの公務員制度改革は、十分な制度設計を行なえば官僚主導を根本的に変える効果が期待できるのである。先に述べたように現状のシステムは、官僚が終身雇用で政策を排他的に行ない、行政ノウハウを独占することで守られている。これに対し今回の公務員制度改革では、天下りの斡旋を役所がすることを禁じようとしている。これが実現すると、政策において官庁が特定の利害をもち、それを維持しようとするメカニズムは根本的に崩れる。そうなれば、官僚主導が生む弊害は大きく是正されるのである。
 現状の歪んだ政策決定制度を建物に例えるなら、小泉内閣は正面から建物のリフォームを試みた。これはある時期、一定の効果を上げたが、せっかくのリフォームを再び取り替える圧力にさらされたのである。これに対し今回の公務員制度改革は、歪んだ建物を支える基礎部分(官僚の排他的特権)そのものを揺り動かすものである。だからこそ、霞が関官僚組織の公務員制度改革反対は凄まじいものがある。「この基礎部分に手を掛けたために安倍内閣は霞が関の反乱にあった」という専門家も少なくない。
 官僚に近い政治家やメディアは、天下りを規制すると優秀な人材が霞が関に集まらないと批判する。しかし、実態はまったく逆である。終身雇用で排他的な官僚システムがあるからこそ、優秀な専門家が政策プロセスに入れないのである。官僚のお世話になっている人たちの官僚擁護こそが、官僚主導の守り神である。