雑誌
巻頭の言葉
楽観できぬ「3%成長」
(たけなかへいぞう)/慶応義塾大学教授
竹中平蔵
今年1―3月期のGDP一次速報値(QE)が発表された。結果は実質ベースで、年率3.3%の成長。民間の事前予測は2%弱であったことを考えると、かなり高い成長が続いているという結果が示された。GDP統計は決められたルールに従って作成されるものであり、かつ公表のルールも厳格化されているから、この公表値は公表値として受け取るべきである。同じ1―3月期にアメリカ経済が悪化し、辛うじてプラス成長(年率0.6%)であったことと比較して、日本のGDPはけっして悪い数字ではないのである。
しかしそれでもあえて問いたい……日本経済は本当に大丈夫か?
3つの観点からチェックしよう。第一は、やや技術的だが、公表された統計値そのものの問題である。今回の高い実質成長率の内訳を見ると、いくつかの特色がある。まず、圧倒的に外需依存であることだ。成長の約6割強が外需、内需は4割弱にすぎない。一期前の2007年10―12月期はほぼ5対5であり、それでも外需依存と考えられたが、今回はその傾向がさらに強まっている。
とりわけ重要なのは、住宅投資の拡大が年率19%と、きわめて大きくなっていることだ。周知のように、昨年は建築基準法の改正にともない建築許可の手続きが混乱し、住宅投資が前年比マイナス9%という大幅減になった。今回の数値からは、これが是正されて住宅投資が大幅増になったというシナリオが読み取れる。
しかし、これにはトリックがある。住宅投資については、なかなか推計が難しいことが知られている。具体的に、住宅投資の「予定額」と「進捗率」を掛け合わせて全体の住宅投資を推計し、そこから公的な住宅投資を差し引くというかたちになる。しかしこの「進捗率」の推計方法が不確かなのである。したがってこれが最終的に訂正される可能性はそうとうにあるのではないか。日本のGDP統計については、QEが公表されてから二次速報・確報と移行するなかで、大幅に下方修正されたという苦い経験がある。ちょうど10年前の1998年の大幅下方修正は有名である。統計の改良が進んではいようが、住宅投資の推計方法などから考えて、今後の統計改定には大いに注目する必要がある。
第二の点は、GDPというマクロの統計値とミクロの景気指標のあいだに、明確なズレが感じられることだ。マクロとミクロの景況感の差、といってもいい。もっとも、こういう景況感の格差はつねに存在する。だからこそ、正確なマクロ統計をつくることの意味がある、ともいえる。懸念されるのは、景気判断の観点からとくに重視される2つの個別指標と、今回のGDPのあいだのギャップが大きいことである。
その1つは、企業倒産件数だ。企業倒産件数は、中期的に増加傾向にある。グレーゾーン金利をめぐる貸金業法の改悪で中小零細企業の資金繰り悪化が伝えられており、これが企業倒産に反映されていると考えられる。関係者のあいだでは、今後も企業倒産の増加を予想する向きが強い。もう1つは、内閣府の景気ウオッチャー調査である。タクシー運転手やスナック経営者などに幅広く街角の景況感を聞くこの調査は、ミクロの景気動向を最も敏感に反映する。じつは私自身が経済財政担当大臣を務めていたとき、景気判断にあたって最も重視したのは、この調査だった。同調査によっても、景況感の全般的な悪化が伝えられているのである。
こうしたなかで、最近になって『日経新聞』に興味深い経済記事が掲載された。自動車の国内保有台数が、3カ月連続して減少したというのである。こうしたことは初めてのことであり、日本における自動車市場が「トレンドとして」縮小を始めたことが示唆されている。いうまでもなく自動車保有拡大は、日本経済の発展と人びとの所得水準・生活水準向上の象徴であった。しかしいま、明らかに経済の動向が変化している。
要因は複数あろうが、最大のものは人口全体の減少だ。とりわけ自動車需要の大きい若年人口の減少は、自動車保有に大きな影響を与えていよう。自動車雑誌の売り上げ減少は、以前からも伝えられていた。また、バブル崩壊後の不動産価格の変化から、また経済のグローバル競争を反映して、都市への人口集中が進んでいる。とりわけ都市のなかでも、都心回帰が進んでおり、これが自動車に対する需要を弱めている。さらには、地球環境問題への配慮から、「エコ志向」が強まっていることも無視できないだろう。
重要な点は、こうした変化はけっして一時的なものではなく、今後さらに加速することが予想される「傾向的な」変化であるということだ。自動車産業そのものは、最もグローバル化が進んだ産業であり、こうしたトレンド変化はすでに織り込んでいよう。しかし、GDPの5%に達するといわれる関連産業(保険や関連商品)まで含めると、影響は次第に目に見えて現れる可能性がある。何より、こうした市場縮小が自動車以外の産業にも及んでくること、また人びとがそう感じはじめること自体が、経済にネガティブな影響をもつことになる。
目の前のGDP成長がまずまずであったことをもってしても、日本経済への懸念は消えない。何より重要なのは、本格的な人口減少社会の到来を前にしていながら、これに対応するような前向きの改革メニューが一向に示されないことだ。たとえば、定住人口の減少に対応するためには交流人口を増やす必要がある。そのために徹底したオープンスカイ政策を取ることが国益であるはずなのに、現実には空港への外資規制、羽田国際化への抵抗など、担当官庁が逆の動きを示している。
今年1―3月期のGDPが公表されたことによって2007年度の経済成長率も明らかになったが、結果は実質1.5%成長。名目はわずか0.6%成長である。ちなみに当初の政府経済見通しは実質2.0%、名目2.1%であった。実質成長が政府の経済見通しを下回るのは、2001年以降初めてである。また名目成長については2006年度に2%を達成しデフレ克服を果たす公約だったが、これは2007年度においてすら達成されなかった。日本経済は内部に強い要因を数多くもっている。だから極端な悲観論に陥る必要はない。しかし一方で、けっして楽観できる状況でないことは明白である。当面のよい数字に踊らされると、いよいよ事態は悲観的になっていく。
しかしそれでもあえて問いたい……日本経済は本当に大丈夫か?
3つの観点からチェックしよう。第一は、やや技術的だが、公表された統計値そのものの問題である。今回の高い実質成長率の内訳を見ると、いくつかの特色がある。まず、圧倒的に外需依存であることだ。成長の約6割強が外需、内需は4割弱にすぎない。一期前の2007年10―12月期はほぼ5対5であり、それでも外需依存と考えられたが、今回はその傾向がさらに強まっている。
とりわけ重要なのは、住宅投資の拡大が年率19%と、きわめて大きくなっていることだ。周知のように、昨年は建築基準法の改正にともない建築許可の手続きが混乱し、住宅投資が前年比マイナス9%という大幅減になった。今回の数値からは、これが是正されて住宅投資が大幅増になったというシナリオが読み取れる。
しかし、これにはトリックがある。住宅投資については、なかなか推計が難しいことが知られている。具体的に、住宅投資の「予定額」と「進捗率」を掛け合わせて全体の住宅投資を推計し、そこから公的な住宅投資を差し引くというかたちになる。しかしこの「進捗率」の推計方法が不確かなのである。したがってこれが最終的に訂正される可能性はそうとうにあるのではないか。日本のGDP統計については、QEが公表されてから二次速報・確報と移行するなかで、大幅に下方修正されたという苦い経験がある。ちょうど10年前の1998年の大幅下方修正は有名である。統計の改良が進んではいようが、住宅投資の推計方法などから考えて、今後の統計改定には大いに注目する必要がある。
第二の点は、GDPというマクロの統計値とミクロの景気指標のあいだに、明確なズレが感じられることだ。マクロとミクロの景況感の差、といってもいい。もっとも、こういう景況感の格差はつねに存在する。だからこそ、正確なマクロ統計をつくることの意味がある、ともいえる。懸念されるのは、景気判断の観点からとくに重視される2つの個別指標と、今回のGDPのあいだのギャップが大きいことである。
その1つは、企業倒産件数だ。企業倒産件数は、中期的に増加傾向にある。グレーゾーン金利をめぐる貸金業法の改悪で中小零細企業の資金繰り悪化が伝えられており、これが企業倒産に反映されていると考えられる。関係者のあいだでは、今後も企業倒産の増加を予想する向きが強い。もう1つは、内閣府の景気ウオッチャー調査である。タクシー運転手やスナック経営者などに幅広く街角の景況感を聞くこの調査は、ミクロの景気動向を最も敏感に反映する。じつは私自身が経済財政担当大臣を務めていたとき、景気判断にあたって最も重視したのは、この調査だった。同調査によっても、景況感の全般的な悪化が伝えられているのである。
こうしたなかで、最近になって『日経新聞』に興味深い経済記事が掲載された。自動車の国内保有台数が、3カ月連続して減少したというのである。こうしたことは初めてのことであり、日本における自動車市場が「トレンドとして」縮小を始めたことが示唆されている。いうまでもなく自動車保有拡大は、日本経済の発展と人びとの所得水準・生活水準向上の象徴であった。しかしいま、明らかに経済の動向が変化している。
要因は複数あろうが、最大のものは人口全体の減少だ。とりわけ自動車需要の大きい若年人口の減少は、自動車保有に大きな影響を与えていよう。自動車雑誌の売り上げ減少は、以前からも伝えられていた。また、バブル崩壊後の不動産価格の変化から、また経済のグローバル競争を反映して、都市への人口集中が進んでいる。とりわけ都市のなかでも、都心回帰が進んでおり、これが自動車に対する需要を弱めている。さらには、地球環境問題への配慮から、「エコ志向」が強まっていることも無視できないだろう。
重要な点は、こうした変化はけっして一時的なものではなく、今後さらに加速することが予想される「傾向的な」変化であるということだ。自動車産業そのものは、最もグローバル化が進んだ産業であり、こうしたトレンド変化はすでに織り込んでいよう。しかし、GDPの5%に達するといわれる関連産業(保険や関連商品)まで含めると、影響は次第に目に見えて現れる可能性がある。何より、こうした市場縮小が自動車以外の産業にも及んでくること、また人びとがそう感じはじめること自体が、経済にネガティブな影響をもつことになる。
目の前のGDP成長がまずまずであったことをもってしても、日本経済への懸念は消えない。何より重要なのは、本格的な人口減少社会の到来を前にしていながら、これに対応するような前向きの改革メニューが一向に示されないことだ。たとえば、定住人口の減少に対応するためには交流人口を増やす必要がある。そのために徹底したオープンスカイ政策を取ることが国益であるはずなのに、現実には空港への外資規制、羽田国際化への抵抗など、担当官庁が逆の動きを示している。
今年1―3月期のGDPが公表されたことによって2007年度の経済成長率も明らかになったが、結果は実質1.5%成長。名目はわずか0.6%成長である。ちなみに当初の政府経済見通しは実質2.0%、名目2.1%であった。実質成長が政府の経済見通しを下回るのは、2001年以降初めてである。また名目成長については2006年度に2%を達成しデフレ克服を果たす公約だったが、これは2007年度においてすら達成されなかった。日本経済は内部に強い要因を数多くもっている。だから極端な悲観論に陥る必要はない。しかし一方で、けっして楽観できる状況でないことは明白である。当面のよい数字に踊らされると、いよいよ事態は悲観的になっていく。







