ニッポン新潮流

著作権強化は「経済的」か

(わかたべまさずみ/早稲田大学教授)

若田部昌澄


保護期間は延長すべきか

 先月号で経済成長について論じたときに、少し説明が足りないと思っていたことがある。経済学では所有権の保全をきわめて重視する。他方で、経済学はイノベーションをきわめて重視する。新しい知識の創出こそが生産性の向上につながるからだ。では私たちは、特許や著作権のような知的所有権についてはどう考えればよいのだろうか。
 最近は特許や著作権を強化する動きがある。著作権については、欧米でこれまでの著者の死後50年というルールが70年まで延長され、これに日本も追随すべきだという意見がある。
 著作権保護の延長については結論がでていない。9月19日、この問題を議論する文化庁長官の諮問機関も結論に至らなかった。延長懐疑派による田中辰雄・林紘一郎編著『著作権保護期間』(勁草書房)はたいへん地味な本に見える。しかしきわめて重要な問題を扱っている。
 この本の素晴らしい点は2つある。それは経済学を用いていることと実証研究に重点を置いていることだ。所有権を自然権のように考えると、知的所有権の強化には意味があるかもしれない。しかし知的生産物はほかの生産物とは異なる。知識にはほかの人びとが使うことで社会全体に対する利益が増えるという性質がある。このときに独占的な所有権を認めるかどうかは、そうすることの便益と費用によって決まってくるはずで、一概に独占を認めることがよいわけではない。
 この視点はきわめて重要である。権利を強調すると、それは絶対的なものという色彩を帯びる。しかしそれでは議論は進まない。経済学の視点は、「具体的にはどうなのか」という問いにつながり、実証研究を必要とする。たとえばアメリカにおける「保護期間延長は映画制作を増やしたのか」。著者たちは、必ずしもそうではないと結論付けている。
 それでも決定的な証拠があるとはいえない。私たちはまだ知らないことが多い。だとしたら、著作権の延長も軽々しく賛成とはいえないのではないだろうか。

特許は創作活動を高めない?

 特許・著作権の是非そのものを問う研究もある。ミチェル・ボールドリンとデイヴィッド・レヴィン(ともにセントルイス・ワシントン大学)の新著『知的独占に抗して』(未邦訳)はより論争的だ。彼らは知的所有権を政府による独占付与と見なし、本来促進すべきイノベーションも創造性も促進していないとする。
 ところで、イノベーションをどう測るか。特許制度を問題にするときに、特許数の多寡を指標にするのは同義反復のようだしまた研究開発(R&D)支出は、成果というよりはどれだけ投入したかを測っている。イノベーションには種をまいてから実現するまで懐妊期間があるので実証研究は難しい。
 さらに、特許や著作権保護はかなり以前から存在していた。イギリスのアン女王の1711年に特許は認められている。そのため、特許がない時代と比較することが非常に難しい。
 それゆえ証拠はどうしても推測を交えざるをえない。しかし、蒸気機関を発明したジェイムズ・ワットが特許取得後には特許を延長してライバルを法廷闘争で蹴落とすことに執着するなど、歴史的には特許権の悪用の例は多い。
 現代を扱った実証研究を検討しても、特許の強化がイノベーションの増大につながるという証拠はほとんどみられないという。特許権保護の強化は特許数の増加をもたらす。しかしそれは他方で競争を阻害する。
 そうした実証研究のなかには日本を対象としたものもある。1988年の特許法改正を研究したリー・ブランステッター(カーネギー・メロン大学)と榊原真理子(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)は、日本の研究開発支出にもイノベーション率にも影響を及ぼしていないという結論を得ている。
 特許や著作権の保護期間延長はイノベーションを高めないし、創作活動を活性化することもないのかもしれない。
 ただ、気になる点がある。それは知的所有権をめぐるグローバルゲームだ。
 第一に開発途上国でのいわゆる「海賊行為」である。とはいえ海賊行為はオリジナルを完全に駆逐しない。むしろ保護は不完全でも、市場の拡大は企業の利潤を増やす可能性がある。
 もう1点はもう少し深刻だ。ボールドリンらも認めるように、知的所有権の保護期間が異なる2つの国があったとしよう。企業は保護期間が長い国に投資を行なおうとする。そのため、ほかの事情が一定であるならば投資は保護期間が長い国に向かうかもしれない。
 とはいえ、これもまた理論的可能性にすぎない。結局重要なのは何らかの実証研究である。知的所有権をめぐる政策論議もその方向に行くことが望ましい。