松下幸之助経営塾

「松下幸之助経営塾」は経営者の志を高め、経営理念の確立をめざす研修セミナー。
ここでは松下幸之助の経営の名言・キーワードをご紹介します。

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松下幸之助の名言・キーワード

真使命を悟る

昭和7年春、松下幸之助は、とある宗教団体の本部を訪れます。その時の体験を通じて、松下幸之助は、みずからの事業の本当の使命を自覚し、確立したと語っています。

名言1. 事業は必ず成功するものと考える

松下幸之助が会社を創業して6、7年経ったころ、同じ仕事をしている知人から「自分はずいぶん熱心に仕事をしてきたが、うまくいかない。成功の秘訣を教えてくれないか」と尋ねられた。そのとき、次のように答えている。

「僕は事業というものは、大小の差があっても、やっただけは成功するものだと根本に考えている。だからよく世間では『商売というものは、もうける時もあるが、損する時もある。損したり得をしたりしているあいだに成功していくものだ』と考えているが、僕はそうは思わんし、そういう見方は誤っていると思う。商売というものは真剣なものである。真剣勝負と一緒だ。真剣勝負において、首をはねたり、はねられたりするうちに勝つというようなことはありえないのと同じように、商売も活動するだけそれだけの成功は得られなくてはならない。もしそうでなかったならば、それは環境でも、時節でも、運でも、なんでもない。その経営の進め方に当を得ないところがあるからだと断じなくてはならぬ。それを商売は時世時節で、損もあれば得もあると考えるところに根本の間違いがある。商売というものは、不景気でもよし、好景気であればなおよし、と考えねばならぬ。商売じょうずな人、真の経営者は、不景気に際して、かえって進展の基礎を固めうるものであることは、過去の幾多の成功者が現実にこれを示していることを知らなければならぬ」

松下幸之助は、本来事業は成功するもの、と考えていた。それが、うまくいかないのは、何かが間違っているからだ、というのである。

松下幸之助の自然観・宇宙観に、「万物は生成発展している。生成発展が自然の理法である」というものがあるが、自然の理に従えば物事は必ずうまくいく、と考えていたのである。何にもとらわれない素直な心を大切にしたのも、この理を見失わないためであった。

名言2. 目標をかかげる経営

松下幸之助は、「経営者としての大きな任務の1つは、社員に夢を持たせるというか、目標を示すことであり、それができないのであれば経営者として失格である」とまで言う。

目標が与えられれば、社員はその目標を達成しようと、それぞれに創意工夫をする姿や皆で協力する姿が生まれてくる。そこからおのずと人も生き成果もあがってくる。

しかし、目標がなければ、社員は持てる力をどこに向けて発揮し、結集したらいいか分からず、その活動に力が入らない。当然、十分な働きも生まれず、仕事の成果もあがらない。

だから、経営者は社員に目標を与え、1つの目標を達成したら、また次の目標をタイミングよく示し続けなければならない、というのである。

松下幸之助は創業の頃から毎年、年末または年頭に座談会を開催し、前年の経営概況と新年の抱負、要望等を述べていたが、会社の業容発展にともない、昭和15年から毎年1月10日に経営方針発表会を催し、その年の経営方針・目標を発表してきた。

8時間労働制や週休2日制、あるいは初めてのアメリカ視察や5カ年計画を発表したのも、すべて経営方針発表会の場であった。

第1回創業記念式典を行なった昭和7年5月には、250年計画という壮大な目標を打ち出し、社員に大きな夢を与えたが、松下幸之助の経営は「目標や夢を与える経営」といってもよいであろう。

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名言3. 日に新たな経営

「生成発展とは、日に新たにということ、古きものが滅び、新しきものが生まれるということである。すべてのものは絶えず動き、絶えず変わりつつある。これは自然の理法であり、宇宙の動向である。世の中の万物は、この生成発展の原理で動かされている。したがって、われわれの経営も、この原理で支配されているのであって、わが社が従来から、日に新たに進もうと念願してきたことも、この原理に即した経営理念をとってきたからである。生成発展の経営理念は、千古不滅の真理である」(昭和26年 経営方針発表会)

こうした考え方から、松下幸之助は日に新たな経営を求め、呼びかけてきた。例えば、昭和34年の方針発表会では、責任者の地位を占めているということは、その業界、その部署等をさらに進歩せしめるように社会から依頼されているということで、そのことを忘れると、地位にあぐらをかくことになり、発展が遅れる。それではいけない、と訴えている。あるいは同年の資材購買方針会議でも、お互いの仕事というものは、きのうまで当を得ていたものがきょうはもう当を得ない、ということになっている。だから絶えず新しいものの見方をうちたて、それに基づく実行力を伴わせていってこそ、その立場が維持できるのだ、と呼びかけている。

また、新製品ができたとき、その担当者に、「この製品をライバルにしてまたよりよい新製品を開発しよう」と命じたり、「最善の上にも最善があるのだ」と呼びかけたりしたのも、日に新たな経営を求めるゆえであった。

松下幸之助は、本来事業は成功するもの、と考えていた。それが、うまくいかないのは、何かが間違っているからだ、というのである。

松下幸之助の自然観・宇宙観に、「万物は生成発展している。生成発展が自然の理法である」というものがあるが、自然の理に従えば物事は必ずうまくいく、と考えていたのである。何にもとらわれない素直な心を大切にしたのも、この理を見失わないためであった。

名言4. 素直な心

松下幸之助は、PHPの活動のなかで、「素直な心になりましょう。素直な心はあなたを強く正しく聡明にいたします」というスローガンを掲げて素直な心の大切さを人びとに訴えるとともに、みずからもその涵養に努めてきた。

一般に、素直な心というと、おとなしく従順で、何でも人の言うことをよく聞いて、よかれあしかれ、言われたとおり動くことだというように解釈される。しかし松下幸之助のいう“素直な心”はもっと力強く積極的なものである。それは私心なく、くもりのない心、とらわれない心、自分の利害とか感情、知識や先入観にとらわれず、物事をありのままに見ようとする心である。

人間は心にとらわれがあると、物事をありのままに見ることができず、その実相、真実の姿を正しくとらえることができない。それでは判断を間違え、行動を過つことになりやすい。それに対して素直な心は、何ものにもとらわれず、物事をありのままに見ることのできる心である。したがって素直な心になれば、物事の実相が見える。それに基づいて、何をなすべきか、何をなさざるべきかということも分かってくる。なすべきを行ない、なすべからざるを行なわない真実の勇気もそこからわいてくる。

さらには、寛容の心、慈悲の心というものも生まれて、人も物も一切を生かすような行き方がとれるようになる。また、どんな情勢の変化にも柔軟に、融通無碍に順応同化し、日に新たな活動も生み出しやすい。

それゆえに松下幸之助は、素直な心は人を強く正しく聡明にする、というのである。強さ、聡明さの極致は、いわば神であるともいえる。だから、素直な心が高まれば、それだけ神に近づくことになるとも考えられる。しかし、それは言うは易くして行なうのはきわめてむずかしい。だからこそいっそう、お互いに素直な心の涵養、向上に努めなくてはならない、と松下幸之助は説き続けてきたのである。



名言5. 人間は磨けば輝くダイヤモンドの原石

松下幸之助は若いころ病弱であったから、みずから先頭に立って仕事を進めることがむずかしく、いきおい人を信頼し思い切って仕事を任せざるをえなかった。そうすると、任された人はいきいきとそれぞれの持ち味を発揮しながら、期待に応えてくれる場合が多かった。また創業当初の松下電器は無名の町工場であり、有能な人材の獲得は、なかなか思うにまかせなかった。それだけに人材の育成には格別の力を注いできた。

そのような体験を踏まえて、松下幸之助は次のような考えをもっていた。

人間はあたかもダイヤモンドの原石のようなものである。ただの石はいくら磨いても光らないが、ダイヤモンドの原石は磨くことによって光を放つ。しかもそれは、磨き方いかん、カットの仕方いかんで、さまざまに異なる、燦然(さんぜん)とした輝きを放つのである。

人間も同様で、だれもが磨けばそれぞれに光る、さまざまなすばらしい素質を持っている。だから、人を育て、生かすにあたっても、まずそういう人間の本質というものをよく認識し、それぞれの人が持っている優れた素質が生きるような配慮をしていくことが大切である。

それぞれの人が持っている無限の可能性を信頼する、ということがやはり基本で、そういう認識がなければ、いくらよき人材がいても、その人を生かすことはむずかしい、というのである。

名言6. 人を育てる経営

大正7年、3人で創業した松下電器の業容が拡大するにともない、必要に迫られ1人また1人と従業員を増やしていったこと、またみずからが身体が弱く病気がちで、従業員に頼らざるを得なかったこと、そのような理由もあるのだろうか、松下幸之助は企業活動における人の大切さを身にしみて感じてきた。「物をつくるにしても、物を販売するにしても、人間が行なうことである。したがって、まず人間が成長しなければよい物もできないし、販売にも成功しない」ということを痛感していたのである。

そこで、よい人を得、育てることを強く願い、そのことをなによりも優先して取り組んできた。創業して10年ほど経った頃から、「松下電器は物をつくる前に人をつくる会社である」と言い続けてきたが、それもそのような理由からであった。

そうした過程を通じて人がどんどん育っていったが、それがまた、「人間とは磨けば光る無限の可能性を秘めた、あたかもダイヤモンドの原石のようなものである」という信念、人間観につながっていったのであろう。

松下幸之助は、後年、「松下電器が今日、発展しているものとすれば、多少とも人を得ているからである。人を得ることができたのは、経営者である私が、それを強く要求したからである。すべて、ものは要求のあるところに生まれてくる、ということは千古の鉄則であると私は常に信じている」とも述べている。

このような意味で、松下幸之助の経営は、「人を育てる経営」だともいえるのである。

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名言7. うまくいかないのは不景気のせいではない

不況になれば、産業界全体として企業の業績も低下し、利益もあがらなくなってくる。だから、つい「不景気だから……」とみずからの不振の原因を不景気のせいにしてしまいがちになる。けれども、それではどの企業も業績が悪化しているかというと、必ずしもそうではない。着々と業績を伸ばしている企業もあるのである。

松下幸之助は、どのような場合にも発展していく道はある、と次のように言っている。

「商売は成功するものです。成功して初めて、ほんとうの商売をしたことになるのです。もしも、その商売が成功しないというのであれば、それはまさにその経営の進め方に当を得ないところがあるからだ、と考えねばなりません。時代が悪いのでもない、経済状況が悪いのでも、得意先が悪いのでもない。すべて、経営が悪い、経営者が当を得ていない、と考えるべきです。

だから、商売は時に損をしたり、また儲けたりするものだという考え方ではいけないと思うのです。たとえ世の中が不景気のときであってもよし、好景気ならさらによし、という姿でなければなりません。ほんとうの商売人、真の経営者というものは、不景気のときにむしろ向上発展の基礎を固めるものです」

“責任は自分にある”という考え方に徹するなら、不振を打開する対策もたてることができ、経営をより堅実に進めていける姿を生み出すこともできる、というわけである。

名言8. 目に見えない要素を大事にする経営

ある日松下幸之助は、青年社員にこのようなことを話したことがある。

「たとえば、上司の課長と夜遅くまで残業をしていたとする。40歳を越した課長は、毎夜の残業で肩を凝らしているようだ。そんなとき、『肩を凝らしておられるようですね。ひとつもみましょうか』と素直に言えるかどうか。そうすれば、課長は、『ありがとう、もんでもらおうか』と言ってきみの好意に甘えるかもしれない。あるいは、『いや、ありがとう。ぼくはいいよ。きみこそ疲れているだろう』と、思いやりの言葉が返ってくるかもしれない。

しかし、いずれにしても、そのひと言で課長の心はどれほど癒されるかわからない。また、そのことによって、2人の心は通じ合い、和気あいあいのうちに仕事がはかどるようになって、そこから物が生み出される。だから、そのようなひと言を心から言える人であれば、仕事もうまくいくし、出世も間違いがないだろう」

松下幸之助は、“物心一如”という言葉をよくつかった。つまり、物と心は密接に結びついており、心が高まらなければ物は生まれないし、物が不足しても心がすさんでしまう、と考えていたのである。だから、経営においても、人、物、金といった目に見える経営の要素をもちろん大切にしてきたが、熱意、誠意、思いやりといった目に見えない要素もまた同時に大切にしてきた。特に、礼儀や思いやりといった人間としての心を大事にし、それらは他人に対するサービスでもあるといって、社員に、「皆がそうした心をもたなければ、商売は成功するものではない、企業は発展するものではない、いずれつぶれてしまうだろう」と訴えていた。



名言9. 青春とは心の若さである

“青春とは心の若さである 信念と希望にあふれ勇気にみちて日に新たな活動を続けるかぎり 青春は永遠にその人のものである”

この言葉を松下幸之助は座右の銘としていたが、これは、アメリカの詩人サミュエル・ウルマンの、「青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ」で始まる詩「青春」からヒントを得て、昭和40年にみずからつくったものである。つねに若くありたいという希望と、つねに若くあらねばならないという戒めをこめたものだという。

肉体的な年齢が年々増えていくのは、だれもが避けて通れない。しかし、心の若さは気の持ちようである。つねに前へ進む気力さえ失わなければ、若さはいつも向こうからついてくる、と松下幸之助は考えていた。

78歳で会長を退任し、相談役に就任したときも、「これは、会長という1つの役職からの退任であって、人生から引退したつもりは毛頭ない。いや、むしろ引退してはいけないと思っている。今も、次々となすべきことに思いが走り、悠々自適などはとてもできない」とその心境を語っている。

事実、21世紀のリーダーを養成する「松下政経塾」を設立したのは84歳のときであり、新政策研究提言機構「世界を考える京都座会」を設立したのは88歳のときである。94歳で生涯を全うするまで、日々新た、つねに心の若さを保ちつづけ、“青春とは心の若さである”ことを身をもって実証していたのである。

名言10. 企業の社会的責任

松下幸之助は、みずからが考える企業の社会的責任は、大別すると次の3つになると述べていた。
1.企業の本来の事業を通じて、社会生活の向上、人びとの幸せに貢献していくこと。
2.その事業活動から適正な利益を生み出し、それをいろいろなかたちで国家社会に還元していくこと。
3.そうした企業の活動の過程が、社会と調和したものでなくてはならないこと。

それぞれの項目を要約して説明すると、以下のようになる。

第1の“その事業を通じて社会に貢献する”ということは、たとえば製造会社であれば、優れた製品を開発し、適正妥当な価格で生産供給していくということであり、流通業であれば、製品を円滑に需要者に供給していくことである。そうした本業を通じての社会への貢献が、企業の基本の使命であり、この点に欠けるものがあれば、他の面でいかに優れていても、その企業は真に社会的責任を果たしていることにはならない。

第2の“適正利益の確保”は、企業がその基本の使命を十分に果たしていくためにも、また社会に別の意味でプラスしていくうえでも必要不可欠である。そのことは、企業の利益がどのように使われているかを見れば、一目瞭然であろう。

第3の“社会との調和”は、企業がその活動を展開していくうえで関わりをもっている国家、地域社会、業界、仕入先、販売先、諸外国などとの調和を保ちつつ、企業活動を行なっていくこともまた企業の社会的責任であるということである。

つまり、企業が社会的使命を果たす過程において社会に迷惑をかけるようなこと、たとえば公害を出すようなことがあれば、当然その社会的責任が問われることになる。

「松下幸之助経営塾」では、経営者の「志」をキーワードとして、 “経営理念の確立と浸透・共感”を実現すべく、その基となる自然・宇宙観や人間観等を学び、“経営者としての器量”を養い高めていただきます。ここにご紹介した松下幸之助の経営観を、ご自身の哲学として自得するため、講師・受講者と討議を重ねてまいります。

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●受講資格:(1)経営者ご本人 (2)後継経営者(経営幹部)

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