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世界を知る力―日本創生編

世界を知る力―日本創生編


[著者] 寺島実郎
[定価] 本体価格 720円 +税
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はじめに

思考の再起動のために──根拠のない悲観と楽観を超えて


 今、日本人として深く傷ついていない人はいないであろう。そして、生きているこの時間の意味を問いかけていない人はいないであろう。マグニチュード9.0の地震と15メートルを超す津波に襲われ、約2万人もの人たちが犠牲となった。さらに、自然災害という悲劇を超えて福島原発の炉心溶融に至る事態に直面し、放射能汚染というかたちで、日本のみならず世界を震撼させつづけている。  日本が直面する苦難の重さを思うとき、天を仰ぎ見る思いで、「なぜこうなったのか」「どうすれば事態を克服できるのか」と、この試練の意味を考え込まざるをえない。こういう状況に置かれると、人間は根拠のない楽観と悲観の狭間を揺れ動きがちとなる。震災後やたらにテレビCMで流れた「日本は強い国」「ガンバレ日本」のメッセージのごとく、意味もない激励と鼓舞のなかで陶酔し、結束と団結を訴える空気が醸成される一方で、「日本は終わった」「これまでの社会のあり方全体を反省すべし」といった全否定の空気が交錯することになる。根拠のない楽観と悲観は「思考停止」という意味において共通している。
 今、日本人に問われているのは、「根拠のない自己過信」や「無原則な一億総懺悔」ではなく、筋道立った思考の再起動である。夜、机に向かうわたしの心を支えるひとつの詩がある。

  要するにどうすればいいか、といふ問は、
  折角たどった思索の道を初にかへす。
  要するにどうでもいいのか。
  否、否、無限大に否。
  待つがいい。さうして第一の力を以て、
  そんな問に急ぐお前の弱さを滅ぼすがいい。
  予約された結果を思ふのは卑しい。
  正しい原因に生きる事、それのみが浄い。
  お前の心を更にゆすぶり返す為には、
  もう一度頭を高くあげて、
  この寝静まった暗い駒込台の真上に光る
  あの大きな、まっかな星を見るがいい。
  火星が出てゐる。……
    (高村光太郎詩集『火星が出てゐる』より)

「日本は再生できますか?」「日本はどこに進むのですか?」──3・11以降、幾度となく投げかけられた質問である。
 巨大地震、巨大津波で被災し、家族や生活、仕事を失った人びとが極限状況に置かれていることはいうまでもない。福島原発付近の住民も、不安と焦燥から一時も逃れられない日々を送っていることだろう。しかし、「日本は再生できますか?」と問いかけてくる人は被災者だけではない。誰も体験したことのない巨大な災害と原発事故を前にして、いま、日本中の人びとが、「これからどうなるんだろう」という不安、苦悩、孤独感にさいなまれているのである。
 日本人だけではない。震災から4カ月。わたしは米国やアジアの国々を訪れ、多くの人たちから、震災への見舞いと励ましの言葉を受けたが、彼らの目の奥に、「さて、この苦難の先に日本はどこへ向かうのだろうか」という問いかけを感じた。世界はこの瞬間の日本をジッと見つめているのである。
 いまから80年以上前に、近代中国を代表する作家魯迅が日記に引用した、19世紀ハンガリーの革命詩人ペテーフィ・シャーンドルの言葉が想起される。

    絶望は虚妄だ、希望がそうであるように。(魯迅作、竹内好訳『野草』)

 人が「絶望」や「希望」を軽々しく口にするとき、それは、ほとんど虚構である。「馬々虎々」(場当たり的なちゃらんぽらん)で生きる人びとは、真の闇夜を見つめようとしないため、真の曙光をも探り当てられない。
「日本は再生できますか?」という問いかけへの答えはきわめて鮮明である。「再生します。ただし、根底から自分たちを見つめ直し、何かに気づいたならば」であり、「日本はどこに進むのですか?」という問いかけへの答えも、「日本が歩んできた道に思いを寄せ、戦後日本の光と影をかみしめ、ひたすら思考を重ねて、みずからの頭と意思でその方向を提示しましょう」ということに尽きる。
 そしてこの小さな書が、その思考のプロセスを探る小さな光となることを目指して語りはじめたい。「創造的復興」などという言葉が使われがちだが、創造のためには広く深い洞察が不可欠である。遠く時間の経過を振り返り、深く問題の本質を考える視座なくしては、真の創造はありえない。その視座が広く深いほど、未来への構想は中身の濃い的確なものになるのである。
 苦境の淵に立っても、簡単には投げ出さない意思をもった人が、静かに深呼吸するがごとく、この本を読んで何かをつかんでくれるならば、それこそが語り手の喜びである。

2011年7月
寺島実郎
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