人名事典

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五百旗頭 真

(いおきべ・まこと)
 一九四三年兵庫県生れ。京都大学法学部卒。同大学院法学研究科修士課程修了。広島大学助教授を経て神戸大学教授(法学部教授)。

 九○年代の国際環境を「多重的・多層的」に捉えて、日本が「国益中心」の外交から「国際社会の共同利益」のために外交を展開する、ほんとうの意味での「大国」に脱皮するよう説く国際政治学者。

 『外交フォーラム』(96年1月号)の論文「無秩序時代の日本外交」では、アメリカの国際秩序を支える能力を「万有引力の法則」のように信じて経済発展にいそしんできた戦後日本の外交路線がもはや時代への適合性を失っていると指摘、日本が国際システムのなかでしか生きられない以上、「国際安全保障上の重大な問題にせめて共感をもち、わがことのように心配し、国際秩序のためにいい知恵を出すくらいのことをしていいのではないか」と提案した。

 氏の真骨頂は、「大国・日本」といった場合に想起されがちな戦前型の日本外交を、「自国利害にかかわることだけ主張し、他のことには関心のないという未熟さ」の例として否定、たんなる「戦前回帰」では国際的に「視野狭小で世界的な場では役に立たない存在」と見られるほかないと指摘しつつ(『Voice』96年3月号)、その返す刀で平和主義や護憲論者の「小国主義」を「信じがたいほど国際社会への共感と認識を欠く」態度であり、九○年代に入って日本が国際的信頼性を後退させ「敗者」とならざるをえなくなったゆえんとして強く批判するところにある。

 「アメリカか、アジアか」といった二者択一的な外交論に異を唱えて、「対米関係を重視しつつ東南アジアとの協力関係を強化しよう」としてきた「福田ドクトリン」以来の日本外交を称賛、APECを長期持続的に育てるため「国際的な世話役を務める覚悟」を促すのも(『THISIS読売』96年1月号)、また日本の国連安保理常任理事国入りを「矮小化」してはならないとして「『新しい国連』に向けての提言」(PHP総合研究所、96年)をまとめたのも、「国際公益」と「国益」の調和点をつねに模索する「大国らしい振舞い」を日本外交に求めてのことであろう。高坂正堯京都大学教授亡きあと、現実主義外交論のリーダー的存在。

 著書に『秩序変革期の日本の選択』(PHP研究所、91年)、『日米戦争と戦後日本』(大阪書籍、89年)、『米国の日本占領政策』(上下、中央公論社、85年)。

(データ作成:1997年)