人名事典

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堀越二郎

(ほりこし・じろう)
明治36年、群馬県に生まれる。昭和2年、東京帝国大学工学部航空学科卒業。ただちに三菱内燃機(株)(現三菱重工業)に入社。名古屋航空機製作所に勤務。昭和4年~5年、ヨーロッパ各国およびアメリカに滞在、航空機工場を視察。ドイツのユンカース社、アメリカのカーチス社にて機体技術を研究。昭和7年、7試艦上戦闘機の設計主務者。昭和9年、9試単座戦闘機(96式艦上戦闘機)の設計主務者。昭和12年、12試艦上戦闘機(零戦)の設計主務者。昭和15年、14試局地戦闘機(雷電)の設計主務者。昭和17年、17試艦上戦闘機(烈風)の設計主務者。昭和19年、12月病に倒れ、約半年静養。昭和20年、三菱重工業参事、同社本店技術部に転勤。昭和38年、新三菱重工参与を最終役職として退職、以後東京大学講師、防衛大学校教授、日本大学理工学部ならびに同生産工学部非常勤講師などを歴任。工学博士。昭和57年、死去。
(データ作成:2000年)