人名事典

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寬仁親王

(ともひとしんのう)
昭和21年(1946)1月5日、三笠宮崇仁(たかひと)親王殿下(大正天皇第4皇男子)の第1男子としてお生まれになる。昭和43年(1968)学習院大学法学部政治学科を卒業後、英国オックスフォード大学にご留学。帰国後、冬季五輪札幌大会事務局の主事として、また沖縄国際海洋博覧会世界海洋青少年大会の運営本部長としてご勤務。昭和55年(1980)麻生信子様(麻生セメント会長・故麻生太賀吉の第3女子)とご結婚。昭和56年(1981)12月20日に彬子(あきこ)女王殿下、昭和58年(1983)10月25日に瑶子(ようこ)女王殿下のお2人のお子様がご誕生。 福祉団体「柏朋会」会長のほか、社会福祉法人「友愛十字会」、社団法人「日本職業スキー教師協会」、財団法人「新技術開発財団」など8つの団体や法人の総裁を、また社団法人「日英協会」、同「日本ノルウェー協会」などの名誉総裁を務められ、障害者福祉、スポーツ振興や青少年育成など幅広い分野でご活躍される。スポーツ万能であられ、『雪は友だち』『癌を語る』『皇族のひとりごと』などのご著書も多い。「ヒゲの殿下」の愛称で国民に親しまれる。
(データ作成:2024年)