第55回PHP賞受賞作

中野雄介(大阪府・会社員・30歳)
 

学童児の頃だった。近所の手作りパン屋さんは、俺の大好きな店だった。
その店で俺はいつも「パンの耳」を買っていた。というのも、俺の家は母が生計をたてていて貧しかったからだ。
母はパンの耳を油で揚げて砂糖をまぶして、おやつを作ってくれたり、おろしてパン粉にしたり上手に工夫して調理してくれた。料理上手な母の手料理を毎日、腹いっぱい、食べていた。

ある日、いつものように俺はパン屋さんの店内に入った。すると、そこにはクラスメイトが数人いた。

(まずいなあ……)

友だちはトレイにパンをてんこ盛り。当然俺は、パンの耳を買うことにためらいが生じた。恥ずかしくて買いづらかったのだ。

友だちが立ち去るのを待ちながら、俺は、まるで「どのパンを買おうかなあ……」とパンを選んでいるかのようにふるまい、時間稼ぎをしていた。
 

ごつごつ、あったかい手

すると、誰かが俺の背後にやってきた。
そっと500円玉を握ぎらせてくれている。
俺の「パー」の手から、しっかりと、「グー」で500円玉を包み込んでくれた。
あまりの一瞬のできごとに、驚いた。
怖くて、とうとう俺は後ろを振り向くことができなかった。
ごつごつして、とても大きな手だけが俺の頭の中にあった。あったかい手だった。

俺は何ごともなかったかのように、友だちと、ふざけながらレジに並んだ。
レジで俺の番になると、おばさんは、いつものように、

「まいど、おおきに!」

微笑んで、俺にお釣りまで渡してくれた。
俺は感動のあまり、声がでなかった。魂が揺さぶられる思いがした。

あれから数十年が経った。
俺は社会人になり、一人暮らしを始めた。
ある日、小学校の同窓会があって、昔、母と住んでいた街を訪おとずれることになった。
街を歩いた。そこには古めいた懐しいあのパン屋さんがポツンと建っていた。

「長らく、ご愛顧ありがとうございました。当店は勝手ながら今月末で閉店させていただきます。店主」

店の前に張り紙がしてあった。

(えっ、なんでや!?)

店内に入ってみた。客は俺しかいなかった。
あの頃、めったに買えなかった、メロンパン、アンパン、クリームパン等、合わせて5個持ってレジに向かった。レジ前にはあの「パンの耳」が並んでいた。

俺は、とっさにそれも持って、レジでお金を支払った。

「これは、おまけだ」

初老のおじいさんは、パンの耳を無料で分けてくれた。
そして、お釣りを俺の手のひらに包み込むように渡してくれた。
そのとき、鳥肌がたった。しっかりと「グー」で500円玉を握りしめさせてくれた、あの、ごつごつした大きな手と同じだった。

ドックン、ドックン

自分で自分の心臓の鼓動が聞こえた。
 

苦しみ、悲しみを共有できる人に

「どうして、お店を閉めるのですか……?」

俺には、その言葉しかでてこなかった。

「去年、家内が亡くなってね。わし一人ではこの店を切り盛りできんからなあ。ハハハ……」

顔だけが笑っているように俺には映った。

(あのとき、レジにいたおばさんが亡くなったんだ……)

「そうですか……。残念です」

言葉が詰まった。

とうとう俺は、あのときの感謝の意が伝えられなかった。
あえて伝えなかったような気もするのだ。
意気地なしのずるい俺がいた。

パン屋さんのご夫婦は、あのとき、俺がクラスの仲間からイジメにあわないよう、恥ずかしい思いをしないよう、気遣ってくれた。
その仁徳は決して忘れてはいない。社会人になった今、社会の厳しさ、現実は甘くないことを身にしみて感じる中で、学童時代、あの店でもらったまごころが、俺に「がんばれよ、元気だせよ」と、いつもメッセージをおくってくれていた。

俺も、いつかは人の苦しみ、悲しみを共有できるような人物になりたいと思った。

(ありがとう、ありがとうございました……)

心の中で、何度もつぶやいた。

そしてパンの袋をしっかりと握りしめて店を出た。
パンを噛みしめた。涙の味がした。