昭和54年11月、ある経済誌が主催する賞の表彰式と祝賀パーティが開かれ、前年度に大賞を受賞した松下幸之助も招待されました。まず選考委員による授賞理由の説明のあと、大賞をはじめ各賞受賞者のあいさつと続きます。その間40分あまり、300人の出席者は料理を前に立ちっぱなしでした。

ところが、財界のリーダーとされる人が祝辞を述べ始め、リラックスするわけにもいきません。しかも話が長い。さらに何人かによるあいさつがあり、時間は表彰式が始まってからすでに1時間20分が過ぎて、出席者もあきれた表情です。


「あいさつはこれくらいに」

最後に、85歳の幸之助が演壇に上がりました。

「おめでとう存じます。風邪をひき、声がかすれておりまして、あいさつはこれくらいにさせていただいて……」

すると拍手が起こりました。幸之助は続けます。

「演壇に登りましたのも、ここにご出席の皆さまの代表ということなので、受賞なさった方々のご栄誉にあやかりたく、皆さまに代わって握手をさせていただきます」

再び万雷の拍手。幸之助は受賞者の前に進み、一人ひとりと握手を交わしました。

選考委員の一人は、出席者の気持ちをくみとってあいさつを短くしつつ、受賞者の心もしっかりとつかむ幸之助のうまさには、すっかり舌を巻いたと述べています。


謝辞のない謝恩会?

昭和43年5月、「松下電器創業50周年謝恩会」が、都内のホテルに2,500人の各界の名士を招待し、盛大に催されました。会場前では当時会長の幸之助と社長ほか幹部らの丁重な出迎え、そして会場内では豪華な料理と女性らによる気配りの行き届いたサービスもあって、招待客はおおいに満足したとのことです。

ただ、招待客にとっては少し意外なことがありました。会の趣旨にもかかわらず、創業者である幸之助の謝辞がなかったのです。著名な財界人による乾杯のあとはとくに何もなく、司会者が「どうぞごゆっくり、ご飲食、ご歓談ください」と発言すると、まもなく会場はにぎやかになりました。

それから2~3時間たったころ、「お時間のある方はどうぞごゆっくり。お急ぎの方はご遠慮なく帰宅いただいてけっこうでございます」とのアナウンス。招待客は記念品を受け取って、徐々に会場をあとにしました。

ある招待客は帰宅するや記念品を開けると、そのころはまだ珍しい小型のテープレコーダーが出てきて、家族が大喜びします。再生すると、幸之助の声が聞こえてきました。お礼のあいさつのことばです。家族全員でじっくり聞いたといいます。招待客には謝恩会を十二分に楽しんでもらいたいという慮りから施された、幸之助の心憎い演出でした。

(月刊「PHP」2017年6月号掲載)


松下幸之助とPHP研究所

PHP研究所は、パナソニック株式会社の創業者である松下幸之助が昭和21年に創設いたしました。 PHPとは、『Peace and Happiness through Prosperity』の頭文字で、「物心両面の調和ある豊かさによって平和と幸福をもたらそう」という意味です。

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