===  日本の経営者に大きな影響を与えたP.F.ドラッカーと松下幸之助。二人の共通の視座とその背景について2回にわたり解説します  ===

〔前回の要約〕
ドラッカーと松下幸之助は、語る体系こそ違っていたが、指摘する要諦は同じことも多い。たとえば、組織についてドラッカーは分権制組織の重要性を語り、松下は実際に事業部制組織を採用した。これは二人の哲学が経営組織に対して同じ視座を持っていたからである。その最初の共通点は、「人間が中心である」という人間観を持っていたことであった。
(前回についてはこちらから)

 

共通点②―成功観 「強みを生かす」

 しからば、人間一人ひとりは社会において、どのような生き方をするのが望ましいのであろうか。この点について、ドラッカーと松下は、人生の成功は経済的な成功ではないと考えた。二人がともに問うたのは、何が人間を幸せにするのかであり、それは人間がいかに社会に処を得るかという問題であった。
 その答えをドラッカーは個々の人間の「強みを生かす」ことにあると訴えた。そのため人々に、「君は何によって憶えられたいのか」と問い続けた。ドラッカーは、これからの社会はますます組織社会になると論じている。その組織社会で、コミュニティで、人間は自らの能力を発揮し、自己実現し、社会に貢献できるということ。それが人間の幸せ、つまり成功に繋がるとした。
 松下は、自身が所得番付一位となり、経済的に成功した第一人者となった。しかし、人間が成功するということについては、経済的成功がすべてであるとは考えなかった。ではどんな成功が望ましいのか。松下は「人間としての成功」という表現を使っている。地球上の六十億の人間は誰一人同じ人はない。みな違った特質、天分を与えられている。だとすれば、それぞれ違う自分に与えられた天分を生かしきり、自分も満足すると同時に、周囲の人をも喜ばす。その姿こそ人間としての成功ではないかと説くのである。「経営者として成功したかもしれないが、自分は一人の人間として成功したのか」と、松下は常に自問し反省していた。
 二人は人間の社会的存在を重視するところから、人間の成功の形についても同じような哲学を抱いていた。

共通点③―経営観 「経営の普遍性とその目的」

 三つめの共通点は、経営、マネジメントの普遍性とその目的である。 経営は企業経営の範疇に限定されるものではない。個々の人間の成功のあり方を考えたとき、また社会の中心が企業を含む、より多様な組織の集合であることを考えると、経営、マネジメントの意義は、おのずと金儲けのための手段とは捉えられなくなる。
 経営とは、個人の人生の歩み方からあらゆる組織、社会全体にも必要なものであり、だからこそ、経営者、管理者にとどまらず、万人にとって必要な道具になるのである。
 そして経営の普遍的にして究極の目的は、人間を組織や社会において成り立たせ、幸せにすることである。現代の経営は、目標管理、コンプライアンス、コーポレート・ガバナンス等いたずらに細分化されて、その本質が見失われがちだが、本来の目的を忘れてはならない。
 そして、最後に大事なことはドラッカーも松下も、経営を知識の集積とは考えなかったことである。ドラッカーが思索したのはあくまで経営の原理原則であって行動マニュアルではない。また松下も、「経営学は教えられても経営は教えられない」と述べていた。万人が求めるべき経営は、万人が知識として覚えるものではなく、原則として認知しつつ自らの思索によって深め、体験によって会得されなければならない。

●哲学する姿勢

 このように二人の共通の視座をふまえたならば、現代の経営者、管理者も知識として経営を学ぶのではなく、原理原則を自ら把握する訓練を日常の行動に課すべきではないだろうか。では何から始めるか。とくに訴えたいのは、日々のなりわいの中で、自問自答の機会をふやしてほしいということである。「自分はこの組織でうまく役割を果たしているか」「部下は仕事にやりがいを感じているか」ドラッカーも松下も、激変する社会を眺めながら、「これでいいのか」を問い続けた。哲学者のごとく思索を重ね、目の前の現象の本質は何かを考えた。
 社会や自分の行く末を、自分なりに何が正しいかを考え続け、そうした〝哲学する姿勢〟を意識して、経営のコツを悟り人生の知恵を身につけていく。そうした努力こそまさに自分自身に課するイノベーションであり、ドラッカーや松下幸之助の教えを体験的に学び、成長することに繋がるのではないだろうか。


 

<筆者プロフィール>

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渡邊 祐介(わたなべ・ゆうすけ) 

経営理念研究本部 本部次長

●専門分野:松下幸之助研究、日本経営史
1986年、(株)PHP研究所入社。普及部、出版部を経て、95年研究本部に異動、松下幸之助関係書籍の編集プロデュースを手がける。 2003年、大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程(日本経済・経営専攻)修了。松下幸之助を含む日本の名経営者の経営哲学の研究や、 経営理念の継承・伝播について調査を進めている。 また、多くの経営者を訪ね、インタビューを重ねている。著書に『ドラッカーと松下幸之助』(PHP研究所)等がある。

 

 


松下幸之助とPHP研究所

PHP研究所は、パナソニック株式会社の創業者である松下幸之助が昭和21年に創設いたしました。 PHPとは、『Peace and Happiness through Prosperity』の頭文字で、「物心両面の調和ある豊かさによって平和と幸福をもたらそう」という意味です。

■月刊誌「PHP」

お互いが、身も心も豊かになって平和で幸福な生活を送るため、それぞれの知恵や体験を寄せ合う“場”として昭和22年から発刊を続け、おかげさまで多くのご支持をいただきながら今年で71年目を迎えました。

 

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