人類のよりよき未来のために



 今日、世界の現状を静かに眺めるとき、各国は、先進国と発展途上国とを問わず、さまぎまな問題をかかえ、その対応に苦慮しているように思われます。国によりその程度に差はあるものの、どの国も政治や経済の低迷、人心の不安、治安の悪化、さらには飢餓、貧困、国際間の摩擦、紛争といった難問に直面して悩んでいます。そしてどの国も、それぞれに生じてきている問題の本質がまだ十分につかめず、したがってその解決の糸口、困難克服への道を見出し得ていない、というのが実情ではないでしょうか。もし現状のままに推移するならば、世界は、そして人類は、やがて遠からず存亡の危機ともいうべき極度の混乱、混迷にも陥りかねない。そんな思いを抱くのは、決して私一人ではないと思います。

 これまでの長い歴史をふりかえってみますと、人類は全体としてまことに大きな進歩発展を遂げてきています。科学技術の進歩によって、昔の人々がとうてい不可能だと考えていたことが、次々と実現してきています。お互いの心の面においても、多くの偉大な聖人、哲人といわれる人が出て、人間のあるべき姿についてすぐれた教えを説き、それによって人間の共同生活はだんだん向上してきています。国により地域によって、その進歩に大きな差があることも事実ですが、人類全体としては、偉大な創造、発展を生み出してきているのです。

 しかし、その同じ歴史において人間は、戦争をはじめ幾多の悲惨な好ましからざる体験をも重ねてきています。人間の発展の歴史は、いうなれば大きな犠牲を伴う歩みでもあったわけで、もし今日の世界の混迷、混乱が今後ますます激しいものになるならば、人類はふたたび大きな犠牲を強いられることにもなりかねません。21世紀を間近に控えた私たちの前途には決して楽観を許されない事態が待ち受けているといわざるを得ないように思うのです。

 それでは人間は、所詮そのような犠牲から逃れることのできない宿命を課せられた存在なのでしょうか。決してそうではないと思います。私は、お互い人間には、さまざまな犠牲を伴わずして、物も心もともに豊かな真の繁栄、平和、幸福を実現していくことのできる力が、その本質として与えられていると考えています。そして、そのすぐれた人間の本質を生かし、よりよき人類の未来を生み出していくために大切なのは、お互い一人ひとりが、とらわれのない素直な心で、それぞれの知恵を寄せあい、力を結集していくことだと思います。たとえ一人ひとりの知恵や力はささやかでも、みんなの知恵を集め、力をあわせれば、私たちは21世紀にかけて、希望に輝く人間味ゆたかな社会を築くことができるはずです。そしてそのことは、現代に生きる私たち自身のためにはもとより、次代に生きる子や孫たちのためにも、私たちがいま取り組まなければならない重要な課題であり、使命なのではないでしょうか。

 “人類のよりよき未来のために、英知の結集を”の願いのもとに展開されているPHPグループの活動が、今後、日本はもとより世界中のたくさんの方がたのご支持を得て、さらに大きく広がっていくことを、創設者として心から念願しております。



昭和62年4月
松下幸之助
(PHP研究所 創設者)
平成元年4月27日没