ニッポン新潮流

日本代表は帰化者に頼るな

(にのみやせいじゅん)/スポーツジャーナリスト

二宮清純


好意的な声ばかり

 決定力不足に悩むサッカー日本代表にとっては、いちおう朗報といっていいのだろう。
 昨季のJ1リーグ得点王のブラジル人FWジュニーニョ(川崎フロンターレ、本名カルロス・アルベルト・カルバーリョ・ドス・アンジョス・ジュニオール)が先ごろ、日本国籍を取得する意思を表明した。「日本での生活に満足している。ずっと住みたいと思う。(日本は)安全で2人の子供の将来も考慮して(国籍取得を)決めた。(日本代表については)チャンスがあれば、という思いはある。素晴らしい選手が揃っているし、一緒に日本のためにプレーしたい」
 ジュニーニョは俊足を生かしたドリブル突破と正確無比なシュートが武器のJリーグを代表するストライカー。2003年にブラジルの名門パルメイラスから川崎に入団すると、その後は驚異的なペースでゴールを量産しつづけた。
 J2の2年間で78試合65得点、J1の3年間で91試合58得点。04年には37ゴールでJ2得点王に、07年には22ゴールを挙げてJ1得点王に輝いた。
 周囲から聞こえてくる声は、ジュニーニョの帰化に好意的なものばかり。
「歓迎すべきニュースだ。彼が(帰化を)申請すればサッカー協会としてバックアップしたい」(川淵三郎キャプテン)
「(帰化の件は)昨年から聞いていた。僕としてはいろいろな可能性が増えることはありがたい」(岡田武史日本代表監督)
 晴れてジュニーニョが国籍を取得し、日本人となった暁には代表招集はほぼ確実だ。
 日本サッカーとブラジルからの帰化選手は切っても切れない関係にある。
 1970年に初の帰化選手となったMFネルソン吉村(故人)を皮切りに、94年米国W杯出場をめざしたMFラモス瑠偉、98年フランスW杯に出場したFW呂比須ワグナー、そして02年日韓W杯、06年ドイツW杯と2大会連続でW杯のピッチに立ったMF三都主アレサンドロ、04年アテネ五輪に出場したDF田中マルクス闘莉王と続く。

カタールとは一線を引くべき

 ブラジルからの帰化選手が日本代表のレベルアップに貢献したのは事実であり、ラモスのように代表チームの精神的支柱になった選手もいる。
 ラモスの場合、帰化を申請してから日本国籍を取得するまでに2年もかかった。日本がペラペラで妻が日本人だったにもかかわらずだ。帰化のいきさつについて、ラモスは自著『ラモスの黙示録』でこう述べている。
〈オレには兄弟が何人もいた。でもウチの奥さんは一人娘。彼女をブラジルに連れて行ってしまったら、誰が彼女のお父さんやお母さんの面倒を見るのかな? あんなにいいヤツなのに、オレ、彼女のことを何も考えてあげていなかった。
 そう思ったら、自分が情けなくなった。オレと結婚したら、いずれブラジルへ行っ
てしまうんじゃないかって、彼女の両親だって考えたはずだよ。でも、そんなことはいっさい言わなかった。気持ち良く一人娘をくれたんだなって思ったの。(中略)
 外人枠とか日本代表とか、そんなことじゃない。(女房の)初音と彼女のお父さんとお母さんのためならば、絶対後悔することはないと思った。〉
 FIFA(国際サッカー連盟)の規約では、ユースからA代表まで、あらゆるカテゴリーの代表チームの公式戦に1度でも出場した選手は、仮に他国に帰化したとしても、その国の代表チームでプレーすることはできない。
 ジュニーニョの場合、過去にU‐20のブラジル代表メンバーに選ばれたことがあるが、親善試合だったため、これはクリアできる見通しだ。
 しかし、ラモスのときのように双手をあげて賛成する気にはなれないのである。それはなぜか。きっと決定力不足が改善されないから、ブラジル人に頼るしかない――そんなご都合主義的なニュアンスがジュニーニョの帰化には付きまとっているからだろう。
 ブラジルはいわずと知れたタレントの宝庫である。本国でセレソン(ブラジル代表)入りすることは困難だが、帰化さえすれば他国では容易に代表チームのユニフォームに袖を通すことができる。
 4年前、カタールは同国に縁もゆかりもないブラジル人選手3人に国籍を与え、世界中のサッカー関係者から顰蹙(ひんしゅく)を買った。そのうちの一人アイウトンには100万ユーロ(約1億4000万円)の契約金と40万ユーロ(約5600万円)の年俸を用意したというのだから、さながら傭兵である。
 カタールのような国と日本は一線を引くべきではないか。日本代表のアイデンティティーが問われている。