
下っ端の見習い岡っ引きで文庫売りの北一が相棒・喜多次と出逢い、事件の不思議を解き明かしていくなかで成長する姿を描く連作時代ミステリー。
・主人公の北一が住んでいるのは、『桜ほうさら』で笙之介が住んでいた「富勘長屋」
・『〈完本〉初ものがたり』で登場した「謎の稲荷寿司屋」の正体が明らかに⁉
……宮部ファンにはたまらない“仕掛け”も見どころのシリーズに!
北一
(きたいち)
亡くなった岡っ引き・千吉親分の本業だった文庫売り(本や小間物を入れる箱を売る商売)で生計を立てている。岡っ引きとしては、まだ見習い。
喜多次
(きたじ)
長命湯の釜焚き。行き倒れていたところを、長命湯の主人夫婦に拾われて釜焚きになる。
松葉
(まつば)
千吉親分のおかみさん。目がみえないぶん、匂いや気配で様々なことを察知することができる。北一の応援団の一人。
青海新兵衛
(おうみ・しんべえ)
椿山家別邸、通称「欅屋敷」の用人を務める。女中頭の瀬戸殿に頭が上がらない。北一のよき理解者。
勘右衛門
(かんえもん)
深川一帯の貸家や長屋の差配人で通称「富勘」。北一に富勘長屋を紹介。店子たちの揉め事を仲裁する役目を担っている。
岡っ引き。ふぐに中毒(あた)って亡くなる。役者のようないい男。
本所深川方同心。父・蓮十郎は、千吉とは長い付き合い。
千吉の一の子分で本業の「文庫屋」を継ぐ。女房に頭が上がらない。
万作の女房。気が強くて欲張り。
松葉付きの女中。目が見えないおかみさんに代わり、家事をこなす。
椿山家別邸で一番偉い女中頭。梅干しみたいな婆様。
父・寅蔵の仕事である魚の棒手振りを手伝う。北一とは気安く話せる間柄。
仕立ての内職をしながら、娘のおかよを育てている。
青物売りをしている鹿蔵の妻。漬物をつくって売っている。
天道干しで生計を立てる。口の悪い母・おたつと二人暮らし。
「女を顔かたちでくさすなんて、いちばんやっちゃいけないことだ。そういう話を軽んじるのもいけない」
(第一話「ふぐと福笑い」)
──おっかさんだって、我が子なら何でもかんでも可愛いわけじゃねえ。人の心はそんな便利な作りになっちゃいないからな。不幸な経緯(ゆくたて)で、情が薄れちまうこともあるんだよ。
(第二話「双六神隠し」)
「捕り物の一端にでも関わろうというのなら、人を疑うことを恐れちゃいけない。心を鬼にしても、みんなを疑わなくちゃいけないんだよ」
(第三話「だんまり用心棒」)
「人の死だけは、どうやったって取り返しがつかないし、埋め合わせもできない」──だから地獄や極楽があるんだ。
(第四話「冥土の花嫁」)
──親分も、揉め事や事件にぶつかるたびに、一人じゃ胸が重たくって、こんなふうにおかみさんと話し合っていたんだな。
(第四話「冥土の花嫁」)
イラスト:三木謙次
1960年、東京生まれ。87年、「我らが隣人の犯罪」でオール読物推理小説新人賞を受賞してデビュー。92年、『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞、93年、『火車』で山本周五郎賞、97年、『蒲生邸事件』で日本SF大賞、99年、『理由』で直木賞、2007年、『名もなき毒』で吉川英治文学賞を受賞。
著書は、時代物に『桜ほうさら』『〈完本〉初ものがたり』『あかんべえ』『この世の春』『荒神』、「三島屋変調百物語」「ぼんくら」のシリーズ、現代ものに『模倣犯』『小暮写眞館』『ソロモンの偽証』などがある。
何年か前から、ストレートに「捕物帖」と銘打ったシリーズを持ちたいと思っていました。「捕物帖」に「帖」の字を使おうと決めたのは、大好きで今もよく読み返している『半七捕物帳』と同じ「帳」にするのは畏れ多いと思ったからです。
捕物帳というと、江戸を舞台に、名探偵が難事件に挑んでいく、というイメージを持たれる方が多いと思います。私が若い頃に書いた物語で、今回のシリーズが生まれるきっかけになった『<完本>初ものがたり』でも、茂七親分が知恵を絞って事件を解決しています。
それに比べて、『きたきた捕物帖』の主人公は、名探偵ではなく、市中で起こる大小のトラブル、もめごとを解決するトラブル・シューター、つまり何でも屋なんです。
タイトルの「きたきた」とは、二人の北さんの意味で、最初の「きた」は主人公の「北一」のこと。次の「きた」は、第三話で登場する、もう一人の「きたさん」こと喜多次で、ゆくゆく北一の相棒になっていきます。
『きたきた捕物帖』は、若い子が一人前になっていく話にもしたかったので、北一は十六歳、喜多次もそんなに違わない年にしました。
北一は、江戸は深川元町の岡っ引き・千吉親分の手下です。手下のなかでは一番下っ端で、岡っ引きの仕事は手伝いすらさせてもらえず、千吉親分の本業である文庫屋で働いています。
文庫屋とは、暦本や戯作本、読本を入れる厚紙の箱をつくり、売る職業。『大江戸復元図鑑<庶民編>』(笹間良彦著、遊子館)で見つけたときから、どこかで使えないかと思っていました。
文庫は本を入れるだけでなく、小間物入れとしても重宝されました。千吉の文庫屋は、様々な付加価値をつけて文庫を売っているのですが、北一は文庫を天秤棒の前後に吊るした台に乗せ、振り売りしています。
実は千吉親分は、物語の冒頭でふぐに中毒(あた)って死んでしまうんです。それによって北一は、親分の家を出て、自分で食べていかざるをえなくなる。そこで移り住むのが富勘長屋です。
富勘長屋というのは、以前上梓した長編『桜ほうさら』で主人公の笙之介が住んでいた長屋なんです。ですので、あのとき笙之介を助けてくれた長屋の面々も、この物語には登場します。
長屋の人々以外に重要な役どころなのは、千吉親分のおかみさん・松葉です。おかみさんは目が見えないのですが、その分、臭いや気配に敏感で、北一の自立、そして北一の頭を悩ます揉め事の解決に一役買います。
他に、同じ町内にある武家屋敷の用人・青海新兵衛や、新兵衛が仕えている「若」も、登場します。深川には、大名の下屋敷、抱え屋敷が多かったので、そこの住人もからめてみました。
湯屋の釜焚きをしている喜多次、北一の後ろ盾になるおかみさん、そして北一応援団の一人である新兵衛……。
考えてみましたら、ヒーローは一人もいなくて、立場が弱い人ばかりですね。
私はいま、「三島屋変調百物語」シリーズをライフワークとして書き綴っています。それは江戸の怪談なのですが、『きたきた捕物帖』は、謎解きに怪談の要素が加わった物語。
「三島屋」シリーズとともに、私が現役であるかぎり書き続けていきたいと思っています。(談)