まだ半人前の岡っ引き・北一が、湯屋の釜焚き・喜多次とともに、様々な事件に翻弄されつつ成長していく時代ミステリー。
謎解きに怪異、江戸庶民の人情も堪能できる物語が人気をよび、一作目の『きたきた捕物帖』、二作目の『子宝船』は、単行本と文庫あわせて40万部を超えるベストセラーとなりました。
そんな人気作の『子宝船』が文庫化されます。
・主人公の北一が住んでいるのは、『桜ほうさら』で笙之介が住んでいた「富勘長屋」
・『〈完本〉初ものがたり』で登場した「謎の稲荷寿司屋」の正体が明らかに!?
・『子宝船』には、「ぼんくら」シリーズの政五郎親分やおでこも登場
……などなど、宮部ファンにはたまらない“仕掛け”も読みどころです!
北一
(きたいち)
亡くなった岡っ引き・千吉親分の本業だった文庫売り(本や小間物を入れる箱を売る商売)で生計を立てている。岡っ引きとしては、まだ見習い。
喜多次
(きたじ)
長命湯の釜焚き。暗い過去をもっていて、行き倒れていたところを、長長命湯の主人夫婦に拾われ、釜焚きになる。
松葉
(まつば)
千吉親分のおかみさん。目が見えないぶん、匂いや気配で様々なことを察知することができる。北一の応援団の一人。
若
(わか)
椿山家別邸、通称「欅屋敷」に住む。絵を描くことで、北一の文庫づくりに参加している。
青海新兵衛
(おうみ・しんべえ)
「欅屋敷」の用人を務める。女中頭の瀬戸殿に頭が上がらない。北一のよき理解者。
勘右衛門
(かんえもん)
深川一帯の貸家や長屋の差配人で通称「富勘」。北一に富勘長屋を紹介。店子たちの揉め事を仲裁する役目を担っている。
政五郎
(まさごろう)
回向院裏に住み、本所深川一帯を仕切る大親分。千吉親分亡き後、最も頼りになる人物。
おでこ
政五郎親分の元配下。記憶力抜群という才を生かし、町奉行所文書係の助手として働く。
栗山周五郎
(くりやま・しゅうごろう)
検視の手練れで、誰もが一目置く与力。北一の仕事ぶりを気に入り、検視作業を教える。
岡っ引き。ふぐに中毒(あた)って亡くなる。役者のようないい男。
本所深川方同心。父・蓮十郎は、千吉とは長い付き合い。
松葉付きの女中。目が見えないおかみさんに代わり、家事をこなす。
椿山家別邸で一番偉い女中頭。梅干しみたいな婆様。
父・寅蔵の仕事である魚の棒手振りを手伝う。北一とは気安く話せる間柄。
仕立ての内職をしながら、娘のおかよを育てている。
青物売りをしている鹿蔵の妻。漬物をつくって売っている。
天道ぼしで生計を立てる。口の悪い母・おたつと二人暮らし。
イラスト:三木謙次
1960年、東京生まれ。87年、「我らが隣人の犯罪」でオール読物推理小説新人賞を受賞してデビュー。92年、『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞、93年、『火車』で山本周五郎賞、97年、『蒲生邸事件』で日本SF大賞、99年、『理由』で直木賞、2007年、『名もなき毒』で吉川英治文学賞を受賞。
著書は、時代物に『桜ほうさら』『〈完本〉初ものがたり』『あかんべえ』『この世の春』『荒神』、「きたきた捕物帖」「三島屋変調百物語」「ぼんくら」のシリーズ、現代ものに『模倣犯』『小暮写眞館』『ソロモンの偽証』などがある。
何年か前から、ストレートに「捕物帖」と銘打ったシリーズを持ちたいと思っていました。「捕物帖」に「帖」の字を使おうと決めたのは、大好きで今もよく読み返している『半七捕物帳』と同じ「帳」にするのは畏れ多いと思ったからです。
捕物帳というと、江戸を舞台に、名探偵が難事件に挑んでいく、というイメージを持たれる方が多いと思います。私が若い頃に書いた物語で、今回のシリーズが生まれるきっかけになった『<完本>初ものがたり』でも、茂七親分が知恵を絞って事件を解決しています。
それに比べて、『きたきた捕物帖』の主人公は、名探偵ではなく、市中で起こる大小のトラブル、もめごとを解決するトラブル・シューター、つまり何でも屋なんです。
タイトルの「きたきた」とは、二人の「きたさん」の意味で、最初の「きた」は主人公の「北一」のこと。次の「きた」は、第三話で登場する、もう一人の「きたさん」こと喜多次で、ゆくゆく北一の相棒になっていきます。
『きたきた捕物帖』は、若い子が一人前になっていく話にもしたかったので、北一は十六歳、喜多次もそんなに違わない年にしました。
北一は、江戸は深川元町の岡っ引き・千吉親分の手下です。手下のなかでは一番下っ端で、岡っ引きの仕事は手伝いすらさせてもらえず、千吉親分の本業である文庫屋で働いています。
文庫屋とは、暦本や戯作本、読本を入れる厚紙の箱をつくり、売る職業。『大江戸復元図鑑<庶民編>』(笹間良彦著、遊子館)で見つけたときから、どこかで使えないかと思っていました。
文庫は本を入れるだけでなく、小間物入れとしても重宝されました。千吉の文庫屋は、様々な付加価値をつけて文庫を売っているのですが、北一は文庫を天秤棒の前後に吊るした台に乗せ、振り売りしています。
実は千吉親分は、物語の冒頭でふぐに中毒(あた)って死んでしまうんです。それによって北一は、親分の家を出て、自分で食べていかざるをえなくなる。そこで移り住むのが富勘長屋です。
富勘長屋というのは、以前上梓した長編『桜ほうさら』で主人公の笙之介が住んでいた長屋なんです。ですので、あのとき笙之介を助けてくれた長屋の面々も、この物語には登場します。
長屋の人々以外に重要な役どころなのは、千吉親分のおかみさん・松葉です。おかみさんは目が見えないのですが、その分、臭いや気配に敏感で、北一の自立、そして北一の頭を悩ます揉め事の解決に一役買います。
他に、同じ町内にある武家屋敷の用人・青海新兵衛や、新兵衛が仕えている「若」も、登場します。深川には、大名の下屋敷、抱え屋敷が多かったので、そこの住人もからめてみました。
湯屋の釜焚きをしている喜多次、北一の後ろ盾になるおかみさん、そして北一応援団の一人である新兵衛……。
考えてみましたら、ヒーローは一人もいなくて、立場が弱い人ばかりですね。
私はいま、「三島屋変調百物語」シリーズをライフワークとして書き綴っています。それは江戸の怪談なのですが、『きたきた捕物帖』は、謎解きに怪談の要素が加わった物語。
「三島屋」シリーズとともに、私が現役であるかぎり書き続けていきたいと思っています。(談)
父の汚名を晴らすため江戸に住む笙之介の前に、桜の精のような少女が現れ……。人生のせつなさ、長屋の人々の温かさが心に沁みる物語。
父の死に関わる陰謀を追っていく笙之介に魔の手が……。そして「桜の精」との恋の行方は。宮部ミステリーの醍醐味を存分に味わえる力作。
岡っ引き・茂七親分が、季節を彩る「初もの」が絡んだ難事件に挑む江戸人情捕物話。文庫未収録の3篇にイラスト多数を添えた完全版。