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第28回山本七平賞『マーガレット・サッチャー』の著者・冨田浩司氏、受賞の言葉

令和元年11月25日(月)、都内のホテルにて、第28回山本七平賞贈呈式が執り行われました。

本年の山本七平賞は、冨田浩司 著『マーガレット・サッチャー』(新潮選書)が選定されました。冨田氏の受賞の言葉と選考委員・中西輝政氏による講評(選考理由)をご紹介します。

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冨田浩司氏、第28回山本七平賞 受賞の言葉

富田浩司 授賞挨拶

冨田浩司氏

私にとって今回の山本七平賞受賞はまったく思いもよらぬ栄誉である。自分の書くものは、山本先生の世界とはかけ離れたところにあるように思えていたからである。拙著を認めていただいた選考委員の方々をはじめ、賞にかかわるすべての関係者に感謝したい。
私は、偉大な政治指導者には二つのタイプがあると思っている。国民を融和することで国を指導するタイプと、分断することで指導するタイプである。第二次世界大戦中のチャーチルは前者の、そして一九七〇年代から八〇年代にかけてのサッチャーは後者の典型である。
むろんサッチャーは国家の分断を永続化させることをめざしていたわけではない。むしろ十一年あまりの政権を経て、政治の基本的方向性について広範な国民的合意を形成することに成功した。
彼女にとっての、そしてイギリスにとっての悲劇は、こうした成功のゆえに主流の政治が緊張感を失い、その間隙を突くようにポピュリスト的な主張が政局を動かすようになったことである。ここ数年のブレグジットをめぐる混迷の遠因はここにある。そして同様な現象はイギリス以外の先進民主主義国にも拡がりつつある。
こうしたジレンマから抜け出す手立ては何か、答えは簡単ではない。確実にいえることは、その答えは、政治の本質を、サッチャー同様の真摯さで見つめ直す営みのなかから生まれるであろうということである。拙著がそのために何がしかの手がかりを提供するものとなれば望外の幸せである。

冨田浩司(とみた・こうじ)

駐韓国大使。一九五七年福岡県出身。東京大学法学部卒。一九八一年外務省に入省し、総合外交政策局総務課長、在英国日本大使館公使、在米国日本大使館次席公使、北米局長、在イスラエル日本大使、G20サミット担当大使を経て、二〇一九年十月、現職を拝命。英国には、研修留学(オックスフォード大学)と二回の大使館勤務で、計七年間滞在。前著に『危機の指導者 チャーチル』(新潮選書)がある。
 

選考理由

中西輝政

選考委員 中西輝政

サッチャーの伝記は書きにくい。しかし、本書はその難問を見事に克服している。その理由は、おそらく著者自身の次の言葉に集約されているといってよい。「サッチャーは人間としての器においてチャーチルには遠く及ばない。しかし……彼女が成し遂げたことの高みは──『良きにつけ、悪しきにつけ』という注釈付きであったとしても──チャーチルを確実に凌駕する」。すでにチャーチルについても、労作(『危機の指導者 チャーチル』)をものしている著者の言葉に評者も深く頷くのである。
では、そのような人物がなぜ、あれほどの成果を挙げ得たのだろうか。この解明こそがサッチャー論の核心的な課題といってよい。そのためにはサッチャーの人間性の探究が必要で、その丹念な作業が本書の全篇を貫く一つの軸となっている。その結果、サッチャリズムと呼ばれた新自由主義の経済哲学も、「信念の人」であったはずの彼女においてけっしてドグマとはならなかった理由が明らかにされている。同時に「直感の人」でもあった彼女がもった臆面もない矛盾、あるいは活力に富んだ慎重さが、あの「鉄の女」をして歴史的偉業をなさしめた秘密であったことが浮び上がっているのである。
サッチャー伝のこの大きな課題を成功裡に達成させたものは、まさに達意の文章力と、政治におけるリーダーが演じるドラマへの、著者の尽きることのない好奇心だと思われる。まことに山本七平賞にふさわしい秀作といえる。

 

山本七平賞について

山本七平賞は、1991年12月に逝去された山本七平氏の長年にわたる思索、著作、出版活動の輝かしい成果を顕彰することを目的に、1992年5月に創設されました。
賞の対象となる作品は前年7月1日から当年6月末日までに発表(書籍の場合は奥付日)された書籍、論文で、選考委員は、伊藤元重(学習院大学教授)、呉 善花(拓殖大学教授)、中西輝政(京都大学名誉教授)、八木秀次(麗澤大学教授)、養老孟司(東京大学名誉教授)の5氏。

山本七平賞選考委員と受賞者

山本七平賞の過去の受賞作はこちらへ


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