人間は、ただなんとなく日々を過ごしているとしたら、これはあまりおもしろくもなく、また生きがい、やりがいのようなものも感じられない。しかし、自分のやっていることがなんらかの目的に向かう一つの過程であり、そこに自分なりの任務、使命があるのだとなれば、それなりに意義も感じ、やりがいも生まれ、充実した日々を過ごしていくこともできるのではなかろうか。

 そこで、その目的なり使命をどうつかむか、ということである。本当に、心の底から、これこそが自分の使命だ、目的だというものをはっきりとつかんで歩んでいるという姿は、実際には多いとはいえない。だから、まず自分の使命を見出す、自分の一生の使命をみつけることが、お互いにとってきわめて大切なことではないかと思うのである。

 松下電器の事業分野が、配線器具、電熱器、ランプ・乾電池、ラジオと拡大し、製品総数が200余種を数える事業体に成長していた昭和7年3月、松下幸之助は、ある取引先からの再三にわたる勧誘に抗しきれず、某宗教の本山を見学することになりました。

 訪れると、そこは壮大な建物が建ち並び、大勢の信者が静かに敬虔な態度でお参りをしています。塵一つ落ちていない清潔さ、また学校や図書館など施設の充実ぶりに幸之助は驚きの目を瞠りました。さらに、教祖殿の建築場や、全国の信者からの献木が集まった製材所では、奉仕の信者の人々が額に汗しながら、真剣に、喜びに満ちた表情で作業を行なっていて、普通の町工場とはまったく異なったその雰囲気に、思わず襟を正すほどの厳粛さを覚えたのでした。

 こうした姿を目の当たりにして、幸之助は深い感銘を受ける一方で、一つの疑問が湧いてきました。「われわれ産業人も熱心にやっているが、倒産また倒産という悲惨な状況だ。それに比べて宗教は隆々たる繁栄ぶりである。なぜこうも違うのか」。

 幸之助は、帰りの電車の中で、また家に帰ってからも、さらには深更に及んでもなおじっと考え続けた末、次のように思い至りました。

 「宗教の場合は多くの人を救おうという使命感に立っている。われわれはともすれば自分のために商売をしている、というところに違いがあるのではなかろうか。なるほど宗教は悩める人々を導き、安心を与え、人生に幸福をもたらす聖なる事業である。しかし考えてみると、われわれの事業経営もまた、人間生活の維持向上に必要不可欠な物資を生産する聖なる事業ではないか。昔から"四百四病の病より貧ほどつらいものはない"というが、貧をなくすために、刻苦勉励、生産に次ぐ生産によってこの世に物資を豊富に生み出さねばならない。そこにこそわれわれの尊い使命がある」

 幸之助はみずからの使命をはっきりと見出したことに大きな感激と喜びを味わうとともに、これからはこの真使命を達成するため、力強く事業経営を進めていこうと決心したのです。

(月刊「PHP」2009年8月号掲載)

松下幸之助とPHP研究所

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