谷本道哉(近畿大学准教授)

1972年、静岡県生まれ。大阪大学工学部卒業。建築コンサルタント会社に就職後、東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。筋生理学、身体運動学を専門とし、「みんなで筋肉体操」(NHK)で指導・監修を務め話題に。著書に『みんなで筋肉体操語録』(日経BP)など。

人生を好転させる秘訣は、自分が楽しむことです。

「キツいけど楽しい!」
これは僕が監修しているNHKの番組「みんなで筋肉体操」の声かけの一つです。この番組は、「正しい筋トレを紹介する」内容ですが、筋トレに限らず、「キツいけど楽しい」は、何に取り組むときにも大事だと思います。

「楽しそうだ」と思うことを見つける

昔から、僕は身体を鍛えることが大好きで、大学では筋肉の研究をしたいと思っていました。しかし、当時はスポーツ科学分野の学部がなく、大学は工学部に進み、卒業後は建築コンサルタント会社に就職しました。
社会人三年目のある日、書店でたまたま雑誌を手にしました。そこに載っていたのが僕の師となる、石井直方先生の記事でした。
記事には、僕が学びたかった生理学に基づいた筋トレの科学の知識があふれていました。しかも石井先生はボディビルの日本チャンピオン。実践者の頂点でもあるのです。
「この人のもとで筋肉の勉強をしたい」
すぐに石井先生に連れ ん絡ら くを取り、研究室がある大学院に入るため、勉強を始めました。
当時、僕が働いていた会社は激務でした。毎日、仕事が終わるのは深夜の一時か二時。
その後、会社に残って、大学院入試の勉強をしました。一、二時間勉強してから会社の床で寝て、また起きて仕事をして……。
今振り返ると、ひどい生活ですね。でも、不思議とツラくはありませんでした。自分のやりたいことに向かって行動していたので、
「キツいけど楽しい」時間だったのです。好きな空手も、選手として続けていました。
よく「運動しようと思うが続かない」「三日坊主になる」などの相談を受けますが、それは運動を「やらなければいけない」義務として考えているからではないでしょうか。 
釣りが好きな人は、早朝であっても釣りに出かけて行きますよね。それは、早起きするツラさよりも、釣りの楽しさが勝っているから。
好きだと続くし、キツい場面も乗り越えることができて、上達し、さらに楽しくなります。逆に、嫌々やっていることはツラいし、どんなにラクでも続きません。
運動や趣味などを習慣づけたければ、自分が「やってみたい」「楽しそうだ」と思うことを見つけて、それをするのが一番でしょう。

人の背中をそっと後押しする

「自分が楽しむ」ことと同じくらい大切にしているのが、「世の役に立つ」ことです。
石井先生は「サイエンスには人を幸せにする力がある」とおっしゃっていました。いま、僕は身体の研究をしているので、研究を通じて、どうやったら世の人が、より健康に、幸せになってもらえるかを意識しています。
たとえば、筋トレを行なう人は、何キロのベンチプレスを持ち上げたか、何セットやったか、という目先の数字を意識しがちです。
実は僕も、その一人でした。かつては重いものを持ち上げることをかっこいいと思って、トレーニングをしていました。
けれど、ただ「上げる」ことが目的になると、一つひとつの動きが雑になるし、身体への負担も大きい。僕自身、三十代半ばから、肩や肘、腰が悪くなり、今ではボールを投げる動作でも痛みます。
そんな僕自身の反省があるからこそ、軽めの負荷でも、少ない回数でも、安全に、しっかりと身体に効き く方法を広めたい、という思いを持っています。
昨年十二月に「筋肉は裏切らない!」「あと五秒しかできません!」などの「みんなで筋肉体操」の前向きな声かけが評価され、環か ん境きょう省から「ナ※ッジアンバサダー」に任命いただきました。ナッジとは、「背中をそっと後あ と押おしする」という意味だそうです。自分の指導が少しでもお役に立てたのかなと、ますますやる気が湧わ きました。
仕事や趣味、日常のちょっとした振ふ る舞ま いなどにも、世の役に立ち、人を幸せにする力があると思います。
自分のやっていることが、人にどんなよい影響を与えられるのかを考えて実行していけば、毎日はより充実していきます。
「自分が楽しむ」、「世の役に立ちたい」、この二つを日々心がけていけたら、人生は好転していくのではないでしょうか。