月刊「PHP」2020年10月号 裏表紙の言葉
反省、反省とは言うけれど、自分はどうあるべきかを真剣に自問自答するのはむずかしい。
昔、徳川家康が若かりし頃、隣国の武田信玄が天下を取るために上洛の軍を興し、家康の領国遠江に侵攻してきた。ところが信玄は、家康の籠る浜松城を攻めようとはせず、そのまま領土を素通りしようとする。
家康は悩んだ。軍勢の多寡、戦力の違いは明白で、戦えばまず敗れる。けれども、戦わぬは武士の名折れと家康は出陣し、やはり完膚なきまで敗れた。
敗走した家康がまず命じたのは、自分の肖像画を描かせることだった。しかめっ面に左手を頬に当て、左脚を折り右脚の上に乗せるという滑稽な姿。この像を描かせて、家康は何を考えたのであろう。
「勝つ事ばかり知りて負くる事を知らざれば害その身に至る」
後年、家康が遺した人生訓の一節と重ね合わせれば、負けた己(おの)が姿を素直に見つめ、足らざるところや志を問い直したのに違いない。
自分は何者か。何をしたいのか。ほかでもない己(おのれ)自身にしっかり問いかける時間も必要ではないだろうか。