第62回PHP賞受賞作

中村実千代
栃木県小山市・無職・67歳

高校一年生のときだった。
同居する兄に長男が生まれた。やっとつかまり立ちができるようになったA男の世話は、働く兄夫婦に代わって母がしていた。母が忙いそがしいときは、私にお鉢が回ってきた。
ある日、学校から帰ってくると、母からA男の面倒を見るように言われた。母は出かけ、父は店で接客をしていた。A男は私になついていたから、おもちゃで遊んでやると「キャキャッ」と声をあげて喜んだ。
疲れていたのか、私はいつのまにかうとうとして、眠りについてしまった。
母の叱り声で、目が覚めた。顔を上げると、父と母が私の前に並んで座り、怒りのこもった目で、寝ぼけ眼の私を見ていた。
「Aちゃんを放っておいて眠ってしまうなんて、なにをしているの」
「A男は一人で遊んでいたぞ、なにかあったらどうするつもりだ」
矢継ぎ早に叱られてはじめて、ことの重大さに気づいた。A男は、母の膝の上できょとんとしている。
私は、自分の失態に言葉もなく、しおれていた。父に叱られたことが、ショックだった。

私のことも見てほしい

父にとって、私は一人娘。五人きょうだいのうち、上の三人の兄姉は母の連れ子だったから、その下の兄と私だけが父の実子だった。
父にとって四十四歳で生まれた私は、「目の中に入れても痛くない」存在。だから、面と向かって叱られたことは、ほとんどなかった。
そういえば最近、父は以前のように私をかわいがらなくなった。幼い頃は、仕事の合間に抱き上げて頬ずりをしたり、肩車をして歩いてくれたりした。いま思えば、大きくなって年頃になった私をどう扱えばいいのか、迷っていたのだろう。だが私には、急に父が冷たくなったようにしか思えなかった。
「だって疲れていたんだもの、気づかないうちに眠ってしまったのよ」
自分の非を認めたくない私は、両親に逆らった。父はあきれて、店へ行ってしまった。
私のことよりA男のことを心配する父が、恨めしかった。A男の世話なんてしないで好きなことがしたい。学校から帰るといつもA男を押しつけられる。たまには「よく面倒を見ているな」とほめられたい。
そんな想いが溢れてきて、私は泣き出した。
「お父さんは私のことが嫌いになったんだ」
と何度も言いながら。
母は黙って、私が泣き止むのを待っていた。夕やみが迫る頃、私はやっと泣き止み、テレビを観る母のそばに座った。
店には、東京から来た時計販売の問屋がいた。商談が終わって、茶を飲みながら談笑している。笑い声がわき起こった。すると、母はいきなりテレビのスイッチを切った。
「そうですか、娘さんがいるんですか」
「高校一年生です」
「失礼ですが、思ったより小さいんですね」
「はあ、遅くにできた子で......」
「かわいくて仕方ないでしょう」
「そりゃ、かわいいですよ。娘ってのは、ほんとうにかわいいものです」
父は、照れたように小さく咳払いをした。

父の本音と、母の気遣い

母も私も、耳を澄まして二人の会話を拾っている。途中で母は、何度も私に目配せした。
「ねっ、『かわいい』って言っただろう?」
と母が振り返ったので、私は黙って頷いた。
寡黙で愛想のない父が、私に「かわいい」と言ったことは一度もなかった。たとえ肉親でも、言葉にしてくれないと確証は持てない。
ましてや、私は年頃で心が不安定な時期だったから、些細なことに動揺を隠せなかった。
母は、「お前のことはかわいいに決まっているじゃないか」と言って慰さめるのではなく、父が他人に言っている言葉を聞かせることによって私に父の真意を示したのだ。
嬉しかった。父の「そりゃ、かわいいですよ」という言葉が、胸の中で大きく膨らんだ。
それとともに、母の賢かしこい気遣いも心に響いた。難しい年頃の娘だから、直接言っても「嘘ばっかり」と、一蹴される恐れがある。そこに他人が入ることによって、父が本音を吐露する。その絶好のチャンスを逃してはならぬと、母はテレビのスイッチを切ったのだった。
問屋が帰り静かになった店から、父が吸うたばこの煙が漂ってくる。父は、自分が吐いた言葉を、しみじみと思い返しているようだ。
「お父さんに『おせんべいでお茶を飲みましょう』と言ってちょうだい」
私は店への扉をそっと開けて、作業机の前に座る父の広い背中に声をかけた。
父は驚いたように振り返り、柔和な顔で「おう!」と返事をした。
私は、「そりゃ、かわいいですよ」という言葉を、心の中で何度も繰り返した。