第62回PHP賞受賞作

大野洋子
神奈川県南足柄市・主婦・51歳

「せっかく落ちたんだから、しっかりと今の感情を味わいなさい」
受験に失敗したときに、父が私に放った言葉です。当時、教師をめざして、私はある大学の教育学部を受験しました。しかし、結果は不合格。
なぐさめやはげましの言葉を期待していた私は、父の言葉に愕然としました。
「せっかく落ちた? どういうこと?」
父に言われた言葉が、頭から離れませんでした。
父は若いとき、教師をめざしていた時期があったそうです。ところが、長男で家業を継がなければならず、泣く泣く夢をあきらめることに。そのせいか、私が、
「教師になりたい」
と言ったときには、自分のことのように喜んでくれました。
私が教師への夢を語り終えると、父はベランダで夜空を眺めながら、タバコを吸いはじめました。
父の背中は、青春時代に叶えられなかった夢への切ない気持ちを、ゆっくり、静かに、思い出しているかのようでした。
それから私は、二度目の大学受験で合格。卒業後は、念願だった教師になることができました。
父は、受験に合格したときや教師になったとき、大喜びしてくれましたが、私は最初の受験で失敗したときの父の言葉を忘れることはありませんでした。

10年後にわかった父の真意

あのころから、父との微妙な距離を感じはじめていましたが、どう縮めたらいいのかわからないまま、月日が経ちました。
それは、進学校の教師になって五年目に、初めて高校3年生の担任をすることになったときのこと。
当時、年をとったこともあるせいか、めっきり口数の少なくなった父が、私にこう言いました。
「受験生の担任か、大変だな。責任重大だぞ。でも、お前なら大丈夫だよ。受験に落ちて、どん底を味わった経験があるからな。その気持ちがわかるお前なら、しっかり生徒に寄り添えるよ」
私は一瞬、言葉を失いました。そして、だんだんと、目頭が熱くなっていくのを感じました。
「せっかく落ちたんだから、しっかりと今の感情を味わいなさい」
あのときの父の言葉が、10年越しに、やっとわかったのです。
教師をめざすなら、勉強を教えるだけではなく、しっかりと生徒の心に寄り添えるようにならなくてはならない。
生徒が挫折感を味わったときに、どんな言葉をかけてあげればいいのか、どのように導けばいいのか。そのために、私に必要なことは何か。
父はあのときの言葉で、私に教えてくれようとしていたのです。
「せっかく落ちたんだから」
という言葉は、寄り添うためのものだったのです。
それなのに私は、父に突き放されたと思って、距離を置いてしまいました。父も薄々気づいていたそうですが、そのうちわかってくれる日が来るだろうと、見守ってくれていたようでした。
父の深い愛情に感謝するとともに、私は心のなかで何度も謝りました。
「言葉の本当の意味がわかるまで、10年もかかってごめんなさい」と。

自信を持って、生徒に寄り添う

私は、不安に思っていた三年生の担任に、自信が持てるようになりました。
なんといっても、受験に失敗した経験がある。落ちたときの苦しい気持ちを、今も覚えているほど味わった。そして、どん底から這い上がった。
父の言葉の本当の意味を理解した今、しっかりと生徒に寄り添えるかもしれないと思えたのです。
教師になれたからこそ言えることですが、大学受験に失敗したことは、私にとって貴重な経験となりました。
それを教えてくれたのが、父でした。
父も、一度は教師をめざしたことがあるだけに、あのときの私の気持ちが、手に取るようにわかったのかもしれません。10年もかかってしまいましたが、私は、父の言葉に救われました。
「お父さん、ありがとう」
ずっと胸のなかにあった想いを、今なら伝えられる気がします。
お父さんのあの言葉、しっかりと抱きしめているよ。