私は爾来、50年近いあいだずっと公開経営と申してもいいほど、税金に対しましてはガラス張りでやってまいりました。また、関係会社にしましても、税金に関してはいっさい心配は要らない。もともと国家のものをわれわれが預かっているにすぎんのやから、喜んで出したらいいということでやってきました。
結局、企業というものは全部国家のものであって私のものではない。それを私のもの、あるいは私らのもの、あるいは株主のものだというような考え方でやっているところに問題がある、だから企業は国家から預かっているものであるという観点に立っていっさいを見ていこう、そうすれば非常に楽であるし間違いがないと、こういう考えでやってきておるんです。

 松下幸之助が松下電器を創業して数年経ったころのことです。

 当時、小さな会社は、税金の査定期になると、税務署の官吏が近くのお寺に出張してきているところへ事業主が出向いて申告することになっていました。松下電器もそのころはまだ小さな町工場でしたので、幸之助が毎年お寺へ行って申告をしていました。もちろん、毎回正直に、「今年はこれだけ売り上げがあり、これだけ儲かった」と、きちっと申告していましたが、その売り上げと利益の伸びが著しいため、税務署の目にとまり、調べられることになったのです。

 調査を受けてみると、見解の相違があって申告以上に利益があがっており、もう一度詳しく調べに工場の方に来るということになりました。

 "これは大変なことになった。どれだけ取られるのだろうか"、そう考えると、幸之助は心配で夜も眠れなくなりました。それで二晩ほど眠れないまま悶々と過ごしましたが、ふと"まてまて、自分のこの儲けは、自分のお金ではない"という考えが浮かんできたのです。

 "なるほどかたちの上では私が働いて儲けたことになっているが、本来これは世間のもの、天下国家のものだ。国家のお金を国家が取りにくるのに、自分が悩むというのはバカバカしい話だ"と、こう考えたのでした。すると、頭がスーッとして、非常に楽になったといいます。

 そして、税務署員が調べに来たときに、幸之助が「どうぞ必要なだけ取ってください」と申し出たところ、「そこまでしなくてもよろしい」ということになって、調査も簡単にすんでしまったということです。

 この体験は、その後、幸之助の経営観の根幹をなす"企業は社会の公器であり、国家からの預かりものである"という公的観点にめざめるきっかけとなった大きな出来事であったといえるでしょう。それまで自分と従業員、取引先に対する責任を自覚しているにとどまっていた意識が、ここで国家、社会という公のものへと広がっていったのです。

(月刊「PHP」2008年4月号掲載)

松下幸之助とPHP研究所

PHP研究所は、パナソニック株式会社の創業者である松下幸之助が昭和21年に創設いたしました。 PHPとは、『Peace and Happiness through Prosperity』の頭文字で、「物心両面の調和ある豊かさによって平和と幸福をもたらそう」という意味です。

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