危険を恐れていてはなすべきこともできない。自分の身の安全ということを一応度外視し、危険にあえて立ち向かう、そうしてこそ道がひらけることにもつながってくる。だからこの際は、自分は身をすててかかろう。そのように考えて、決断したわけである。

 その結果であるが、これは非常な成功であった。この自転車ランプは、やがて広く全国の人びとにお使いいただくようになり、大変喜ばれたのであった。

 こうした体験によって、私は〝身をすててこそ浮かぶ瀬もあれ〟という古いことばは本当なのだな、とつくづく感じたのである。そして、大事を決断するときには、このことばも非常に勇気づけてくれるものの一つではないかと、改めて感じたのであった。

 自転車用の電池ランプの開発を松下幸之助が思い立ったのは、電気器具の製造を始めて5年たった大正11年の秋のことでした。当時、自転車用の夜間灯火はローソクや石油ランプがほとんどで、電池式もありましたが、寿命が3時間ほどで故障も多く、実用性にとぼしいものでした。そこで、何時間も使うことのできる電池ランプをつくりたいと、改良に取り組んだのです。

 およそ半年の間、数10個も試作品をつくった末に、翌12年3月、ようやく点灯時間が3、40時間という、従来のものより10倍以上も長持ちする経済的な電池ランプの開発に成功しました。

 "これは画期的なものができた。一日も早くお客様に使ってもらって喜んでいただきたい"

 幸之助は勇んで問屋をまわりました。ところが、それまでの電池ランプの評判があまりにも悪かったため、どこも取り扱ってくれません。窮した幸之助は、まず実際に使ってもらい、この商品の真価を知ってもらおうと考え、電池ランプを無料で小売店に置いてまわって点灯実験をしてもらうという方法を思いつきました。問題は、ただ置いてまわるだけで売ったわけではないので、代金がもらえるかどうかわからないということです。大量に見本を配ったけれども少しも売れず、代金ももらえないとなれば、仕事を続けていくことはできません。工場を畳まなければならなくなります。これは非常に危険な賭けであり冒険でした。

 このとき、幸之助の心に浮かんだのは、〝身をすててこそ浮かぶ瀬もあれ〟ということばでした。幸之助は、その危険にあえて挑戦し、社運を賭して無料配布にふみ切ったのです。その結果、新しい電池ランプが本当に何十時間ももつことがわかった小売店から次つぎと注文が入り、2、3カ月後には月に2千個も売れるようになりました。

 幸之助は「松下電器の基礎は、この電池ランプの開発・販売に成功したことによって築くことができたといえる。商売をしていくうえで、普通は危険を避けて歩むことが大切だ。けれども、時と場合によっては避けるべきでない危険というものもあるのではなかろうか」と言っています。

(月刊「PHP」2008年5月号掲載)

松下幸之助とPHP研究所

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