人に何か物を頼む場合、相手に大きな負担をかけるような内容であれば、これはやはり頼みにくい。頼んでも力が入らない。入らないから、相手もなかなかウンと言ってくれない。しかし、ウンと言ってくれなければ、こちらも困る。困るけれども仕方がない。いったいどうすればよいのか。

 結論を言えば、どう言えば相手にわかってもらえるか、ということである。しかし、それは単に口先だけの問題ではない、表現だけの問題ではない。結局は相手のためにもプラスになるのだという確信の上に立った説得の仕方である。そういう説得であれば、やはり人の心を動かし、その納得、共鳴を得ることもできやすいのではないだろうか。

 昭和2年4月、松下電器では角型の自転車ランプ、「ナショナルランプ」を開発、その発売にあたって松下幸之助は、1万個を販売店に無料で提供するという宣伝方法を思いつきました。

 しかし、ランプを配るには、中に入れる乾電池が必要です。そこで幸之助は、電池の仕入れ先である東京の岡田乾電池に社長の岡田悌蔵氏を訪ね、「乾電池を1万個、タダでください」と申し入れたのです。その破天荒な要求に岡田氏はあっけにとられ、「松下さん、それは少し乱暴な話ではありませんか」と言って相手にしてくれません。

 けれども、"このランプは非常にすぐれた製品だ。しかも1万個をタダで配ることによって、世の多くの人々に知ってもらえる。だから、大いに売れていくにちがいない。そうすれば乾電池もおのずと大量に売れることになり、岡田氏にとっても必ずプラスになる"という確信のあった幸之助は、次のように切り出しました。

 「1万個もの乾電池を故なくタダでもらおうとは思っていません。それには条件をつけましょう。今は4月ですが、年内に電池を20万個売ってみせます。もちろん売れなかった場合には、その代金はお支払いします」

 最初はいぶかしげだった岡田氏も、幸之助の真剣な態度にようやく笑顔になって、「私が商売をしてからこのかた、こんな交渉はただの一度も受けたことがない。わかりました。しっかりおやりなさい」と応じてくれました。

 こうして松下電器はランプの無料見本の配布を開始。1,000個ほど配ったころには次々と注文が入り、結局、年の暮れまでに仕入れた乾電池は約束の2倍以上の47万個にも及んだのです。

 翌年正月2日のこと。めったに得意先回りをしない岡田氏が、紋付、羽織、袴に威儀を正して、わざわざ大阪まで出向いてくるという一幕がありました。幸之助に感謝状を渡すとともに、「実に驚いた。わずかのあいだに47万個も販売されるというのは、わが国電池界始まって以来ないことだ」と口をきわめて賞賛し、幸之助を感激させたのでした。

(月刊「PHP」2008年11月号掲載)

松下幸之助とPHP研究所

PHP研究所は、パナソニック株式会社の創業者である松下幸之助が昭和21年に創設いたしました。 PHPとは、『Peace and Happiness through Prosperity』の頭文字で、「物心両面の調和ある豊かさによって平和と幸福をもたらそう」という意味です。

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