人間生活の向上のために役立つ物資を、だれもが求めている。だから、その物資が役に立つよいものであって、しかも手に入れることのできる値段であれば、これはもう人情としてそこに需要があるといえるのではあるまいか。

 もちろん、例外はいろいろあろうが、基本的にいってそういう傾向が人間にあるとすれば、いわば需要は無限、だから限りなく生産を展開していかなければならない、そういうような感じもするのである。

 そして、そういう需要に対する見方をもったならば、人々の生活に役立つ品物を世に出す場合、前向きの決断をするための一つの有力な材料にもなるのではないかという気がする。

 昭和2年、松下幸之助は電気アイロンの開発を手がけることにしました。当時、アイロンは文化生活の先端を行く製品の一つでしたが、まだ値段が高く、一般の家庭で購入するのがむずかしかったため、需要は全国で月に1万個足らずという状況でした。そこで、この便利な製品をもっと安い値段にして、広く一般大衆が使えるようにしたいと考えたのです。

 幸之助は、現在の一流品と比べて品質は落とさずに、価格は3割以上安くするという方針を決めました。いろいろ検討してみると、一番の問題は、設計、製作上の創意工夫で品質のよいものができたとしても、月に1万個はつくらなければ、3割も安い製品はできないということでした。

 全需要が月1万個足らずなのに、1社で月に1万個も生産して、はたしてそれだけのものが売れるのか。ふつうに考えれば、これはやはり危険で、無鉄砲といえば無鉄砲です。しかし幸之助は、なぜアイロンの製造に乗り出すのかという原点に返って静かに考えました。そして、次のような結論を得たのです。

 「今、アイロンを使いたいと思っても、値段が高くて簡単に買えない人がたくさんいる。安くなりさえすれば、必ず多くの人が買うはずだ。そうなれば、月に1万個は一見多いようでも、このくらいの数は十分こなせるにちがいない。まず買いやすいように値段を安くすることが先決である」

 こうした確信のもとに生産を開始、ヒーターを鉄板に包んだ新機軸の製品をつくりあげました。それを「スーパー・アイロン」と名づけ、従来のアイロンが4、5円で売られていたのに対して、3円20銭で売り出したのです。

 その結果は、従来の価格より大幅に安く、性能も優れているということで非常に喜ばれ、予想以上の好評を博したのでした。

 幸之助はこのスーパー・アイロンの成功によって、お互い人間は生活の向上を求めている。だから、今までにない新しい特長をもつよいものを安くつくれば必ず売れる、という需要に対する信念を固めたのです。

(月刊「PHP」2009年1月号掲載)

松下幸之助とPHP研究所

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