10人でも15人でも人を使ってみると、錦の御旗というか、よりどころというか、そういったものが要るんですね。

 もちろん、小さな会社の段階では、とにかく商売に精を出し、一所懸命にがんばることに追われるわけで、それはそれで必要だし、当然のことです。しかし、そこに一つ何か理念というものを考えてやるほうが"強さ"が出てくる。こういうものをこういう考え方でやっては人を使えないとか、こうやったほうが自分自身でもやりやすいとか、ぼくなりに考えたわけです。

 ということは、経営者として、一人の商売をする人間として、自分のよりどころにもなる。自分の心の支えになりますわな。自分の心の支えを、同時に皆さんに訴えるということになり、それが言葉になって、綱領になってきたわけです。

 昭和2年の金融恐慌によって経済界が不況に喘いでいたにもかかわらず、松下電器は順調な歩みを続け、昭和3年には従業員も300人に増えていました。松下幸之助はさらに事業を拡張するため、同年11月、新本店・工場の建設を始めます。

 そんななかで幸之助は、事業について思いをめぐらせるようになりました。

 "これまでお得意先を大事にしなければならない、勉強しなければいけないといった通念に従って努力してきた。しかし、はたしてそれだけでいいのか。事業は何のために存在するのだろうか"

 そして、"松下電器は社会からの預かりものである。忠実に経営して、その使命を果たさなければならない。そのためには一つの指導精神というものが必要だ"と考えるに至ったのです。

 新本店・工場の落成が迫った昭和4年3月、幸之助は、松下電気器具製作所から松下電器製作所に名称を変更するとともに、松下電器の経営理念を簡潔に表現した綱領と信条を制定しました。

綱領 営利と社会正義の調和に念慮し、国家産業の発達を図り、社会生活の改善と向上を期す
信条 向上発展は各員の和親協力を得るにあらざれば難し、各員自我を捨て互譲の精神を以て一致協力店務に服すること

 当時、業容が拡大していたとはいえ、個人経営の町工場にすぎない松下電器が、事業を単なる営利手段とせず、社会の向上、発展に尽くすことを基本方針としたのは特筆に値することでした。

 後に幸之助は、「この指導精神が確立したことで私自身も非常に強くなり、言うことも変わってきた。従業員の働きも一段とさえてきて、自分でも恐ろしいほど順調に発展した」と述べています。

 その後、綱領と信条は昭和21年2月の改訂によって、以下のようになっています。

綱領 産業人たるの本分に徹し、社会生活の改善と向上を図り、世界文化の進展に寄与せんことを期す
信条 向上発展は各員の和親協力を得るに非ざれば得難し、各員至誠を旨とし一致団結社務に服すること

(月刊「PHP」2009年2月号掲載)

松下幸之助とPHP研究所

PHP研究所は、パナソニック株式会社の創業者である松下幸之助が昭和21年に創設いたしました。 PHPとは、『Peace and Happiness through Prosperity』の頭文字で、「物心両面の調和ある豊かさによって平和と幸福をもたらそう」という意味です。

■月刊誌「PHP」

お互いが身も心も豊かになって、平和で幸福な生活を送るため、それぞれの"知恵や体験を寄せ合う場"として昭和22年から70余年にわたり発刊を続け、おかげさまで多くのご支持をいただいています。

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