第70回PHP賞受賞作

瀬﨑将清

大阪府・会社員・31歳

仕事とは、誰かの役に立つことだ。そんな当たり前のことを、私は社会人になってからもしばらく、本当の意味では理解していなかった。

大学を出て入社したのは中小のメーカーだった。最初に配属されたのは営業部。右も左もわからない私は、ひたすら上司に言われるまま数字を追いかけ、先輩の真似をしながらお客さまのところを回っていた。

最初の半年は、訪問しても「間に合ってます」「他社さんで充分」と追い返されるばかり。商品知識を必死に覚えても、口下手で説明がうまくできない。帰りの電車で窓に映る自分の顔が、日に日に疲れていくのがわかった。

ある日、ようやく小さな案件を任せてもらった。地元で長年お店を営むお客さまへの提案だった。上司に何度も資料をチェックしてもらい、緊張で手汗をかきながら臨んだプレゼン。

結果は――失敗だった。「話はよくわかったけど、他社さんのほうが条件がいいからね」。断られた瞬間、頭が真っ白になった。

会社に戻り、報告書を書きながら涙がにじんだ。努力しても届かない現実。自分には営業なんて向いていないのではと、本気で退職を考えた。

そんなとき、先輩が声をかけてくれた。「くやしいか? なら次は『この人から買いたい』と思ってもらえるようにやってみろ」。数字や条件だけじゃなく、相手の話を聞き、何を大事にしているのかを知ること。先輩の言葉はシンプルだったが、強く胸に響いた。

お客さまの声に耳を傾ける

それから私は、お客さまの声を聞くことを意識した。商品の説明よりも先に「最近どうですか」と世間話をし、悩みや困っていることを聞き取る。

あるとき、「倉庫の湿気で商品がいたむ」という話を聞いた。私は会社に戻って技術部の担当者に相談し、既製品ではなく、少し改良した特注仕様の商品を用意した。

納品の日。お客さまが現場で商品を確認し、ゆっくりとうなずいたあと、こちらを見て笑った。「君が真剣に考えてくれたのが伝わったよ。ありがとう」。

その瞬間、胸の奥に熱いものが広がった。売上や成績表の数字では味わえなかった感覚。初めて、自分の仕事が誰かの役に立ったと実感した。

人との関わりが自分を育てる

それから数年。私は営業という仕事を続けている。もちろん今でも失敗は多い。大型案件を逃すこともあるし、努力が報われないこともある。

けれど、心が折れそうになるたび、あの日のお客さまの「ありがとう」を思い出す。あの一言を聞くために、自分は働いているのかもしれない。そう思えるのだ。

仕事が教えてくれたのは、成功や失敗の数ではない。人と人との関わりの中で生まれる、小さな言葉や表情の重みだ。上司や先輩からの叱咤激励、後輩が見せる成長の笑顔、お客さまからの感謝の言葉。その一つひとつが、自分を育ててくれている。

私はこれからも完璧な営業マンにはなれないだろう。けれど、誰かに「君に頼んでよかった」と言ってもらえるように、耳を傾け、考え、働き続けたい。

仕事は時に厳しい。けれど、その厳しさの先にある「ありがとう」は、どんな報酬よりも心を満たしてくれる。

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