第70回PHP賞受賞作

原 若菜

三重県・非常勤講師、塾講師・32歳

先生だから、間違えちゃいけない。正しいことを教えなきゃいけない。そういうプレッシャーの中で、仕事に向き合ってきた。

私は小学校で非常勤講師をしている。国語、算数、図工、音楽、理科、書写など、あらゆる科目を担当してきた。どの授業も、子どもたちの大切な学びの場。先生として、わかりやすく、楽しく、そして正しいことを伝えられる授業をしなければならない。子どもの発言の予測を立てて、質問に答えられるよう準備し、入念に教材研究をしてきた。

音楽の授業を担当していたときのことだった。私は、子どもたちに音楽の楽しさを感じてもらえるよう、「曲当てクイズ」を行なっていた。春なら「春が来た」や「春の小川」、夏なら「海」や「たなばたさま」。季節を感じながら学習できるうえ、クイズ形式なので子どもたちも盛り上がる。楽しそうに取り組んでくれるため、私はこの活動が好きだ。

ある秋の日、「赤とんぼ」を出題した。少し古い曲だったこともあり、なかなか正解が出ない。「聴いたことはあるんだけどなぁ」「なんかの曲に似てるよね」「ゆったりしてる。秋っぽいやつだよね」「先生、もう一回弾いて!」私は、何度かピアノで「赤とんぼ」を演奏した。「夕日?」「とんぼのメガネ?」「小さい秋見つけた?」なかなか正解が出てこない。

すると、スッと手を挙げた人がいた。担任だった。教室はざわついた。「あ! 先生が手を挙げてる!」「え、知ってるの?」「なんだろう」。期待がふくらむ教室。私は担任をあてた。「『夕焼け小焼け』です!」

「子どもたちの気持ちがよくわかったわぁ」

私はおどろいた。違う......。自信満々の担任の答えは、間違っていた。担任は、私よりも経験のある先生。「違います」とは言いにくい。「惜しい」と子ども相手のように声をかけるべきか。失礼じゃないだろうか。恥ずかしいと思ってしまうのではないか。

心がざわついた。秋なのに、じんわり汗がにじむ。教材研究では、こういう事態はまったく想定していなかった。こんなとき、どんな言葉をかければいいんだろう。私が固まっていると、子どもたちは優しく笑った。

「先生、夕焼け小焼けは違うよぉ~」「夕焼け小焼けは、僕たち歌ってるよ。『ゆうやけこやけで日がくれて~』ってやつ!」「でも、曲のゆったりさ似てるね」「わー、先生惜しい!」「私もね、はじめ夕焼け小焼けかなって思ったんだよね」「先生でも間違えちゃうんだ」「私たちと一緒だねぇ」

子どもたちは口々に担任に声をかけた。誰一人、間違えたことを責めたり、からかったりしなかった。それどころか、担任の間違いに寄り添うような言葉をかけていた。私は何も言えなかったのに。

授業のあと、担任が言った。「ふふ、子どもが間違えたときの気持ちがよくわかったわぁ」。あっけらかんとしていた。私よりもずっと経験のある先生が、子どものように笑った。その言葉に、私の張りつめていた糸がふっと切れた。

「いい子たちですね」。私は少し微笑みながら言った。「そうなのよ」と、ほこらしそうに担任は目を細めた。「いい勉強になったわ。発表するのは勇気がいることも、間違えたときのドキッとした感じも、子どもの気持ちがよくわかった。そういうのがわかるって、とっても大事なことだと思うのよね。曲当てクイズ、とってもよかったわ」。担任はそう言って去って行った。そうなんだ。そういうものなんだ。私はしばらくその場から動けなかった。

一緒に間違えて、成長する

間違えることは、いけないことだと思っていた。恥ずかしいことだと思っていた。でも、そんなことない。一緒に間違えることで、子どもと同じ目線に立てる。発表に勇気がいることも、間違えたときの不安も。忘れていた子どものころの記憶が、少しずつよみがえってきた。間違えたくなくて、黙っていたこと。失敗を恐れてやらなかったこと。わかったふりをしたこと。もったいなかったかもしれない。

でも、間違えてもいいんだ。大人だけど、先生だけど、間違えてもいいんだ。教えることは、正しさを押しつけることじゃない。いろんな話や意見に寄り添うことなんだ。

「夕焼け小焼け」という"間違い"が、正解の「赤とんぼ」をあざやかに連れてきて、私に大切なことを教えてくれた。教育とは、たがいに成長していくものなんだ。今日はいい学びの日になった。深呼吸して帰る。赤とんぼが数匹飛ぶ空を見ながら。

きっと子どもたちは、誰かの間違いに優しい大人になっていくんだろうなと、あたたかい気持ちになった。

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