第71回PHP賞受賞作

吉田 桜

東京都・高校生・17歳

小学生のころ、学校帰りにコンビニへ立ち寄るのが習慣だった。長距離通学でくたくたになり、空腹を満たすためにおやつを買うのが目的だった。毎日同じ時間に同じ店に通ううちに、自然と顔なじみの店員さんができた。それが、鈴木さんだった。

鈴木さんは祖母くらいの年齢で、小柄でふくよか、白髪交じりの髪を小さなお団子にまとめている。初めて見たとき、幼いころに読んだ絵本に出てくる「おばあちゃん」のようだと思った。よく笑い、張りのある大きな声で「いらっしゃいませ」と言う。その声は、疲れた私の背中をぽんと押してくれた。

毎日制服姿で大きなランドセルを背負い、重い荷物を抱えて店に来る私が目にとまったのだろう。しだいに向こうから話しかけてくれるようになった。「今日は暑いね、おやつはアイス?」「もうすぐ雨が降るよ、この傘持って行きなさい」「久しぶり、今日から2学期?」

小学1年生の私は、どう返事をすればよいかわからず、最初はただうなずくだけだった。それでも、会話を重ねるうちに、少しずつ心の距離が縮まった。時には賞味期限が近いお菓子や試供品を「内緒ね」と渡しくれた。店の外で会うと、「桜ちゃん、今日も寄ってってね!」と大きな声で言ってくれた。そのたびに胸の奥があたたかくなった。

鈴木さんとの会話は、会計の間のわずか数10秒。ほかにお客さんがいないときは少し長く話したが、それでも数分だ。「宿題がたくさん出たの」「漢字テストで満点だったよ」「プールが始まって、荷物がもっと重くなった」。ほんの短い時間だったが、私にとっては一日の中でいちばん安心できるひとときだった。

鈴木さんの声と笑顔に支えられて

当時の私は、周囲の刺激に敏感だった。友達の視線やささいな言葉が気になり、大勢の輪に入るのが苦手だった。そんな私にとって、学校は必ずしも楽しい場所ではなく、傷ついて帰宅する日も多かった。

だから、どんなときでも変わらぬ笑顔で「おかえり!」と言ってくれる鈴木さんが、大きな癒やしだった。その笑顔を見ると、私も自然と笑顔になれた。学校では気を遣ってばかりだったけれど、鈴木さんの前ではありのままの自分でいてもいい気がした。夏休み明けの学校が憂うつでも、鈴木さんに会えると思うと、足取りがほんの少し軽くなった。

そんな日々がずっと続くと思っていた。小学校の卒業式前日に会ったときも、まさかこれが鈴木さんに会う最後の日になるとは少しも思っていなかった。

「明日は卒業式なんだ」「そうなの! 時間が経つのは早いね。卒業おめでとう!」その言葉を、私は当たり前のように受け取った。春休みが明けて中学生になっても、これまでと変わらず鈴木さんに会えると信じて疑わなかった。

しかし、中学校生活は想像以上に忙しかった。部活、塾、友達との時間。帰宅は遅くなり、いつの間にかコンビニから足が遠のいた。

「そのままでいい」と教えてくれたから

中学1年生の夏、ふと思い出して店を訪れた。けれど、レジにいたのは見知らぬ人だった。一週間通っても鈴木さんに会えない。どうしたのだろう、事故か病気だろうか。胸がざわつき、思いきって店員さんに尋ねた。

「あの、以前こちらにいた店員の鈴木さんはいらっしゃいますか?」「あ、鈴木さんね。先月ほかの店舗に異動になったんだよ」。その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。もう鈴木さんはここにはいない。ようやく私は、鈴木さんの存在の大きさに気づいた。

あの日の会話が最後になってしまった。もっと話したかった。もっと笑い合いたかった。

そして何より、「ありがとう」と伝えたかった。私が6年間小学校に通えたのは、毎日変わらずお店で迎えてくれる鈴木さんの存在があったからだ。あの数10秒の会話が、私の心を支えてくれていた。鈴木さんがいなければ、私は挫折していたかもしれない。

あれから5年が経つ。私は高校3年生になった。あのころより少しだけ強くなれた気がする。大勢の中でも、前よりは息がしやすい。部活で部長を務め、学外活動でもリーダーを担うようになった。あのころの私からは考えられないことだ。

それはきっと、鈴木さんが教えてくれた「あなたはそのままでいい」という安心が、心の奥に残っているからだと思う。鈴木さん、あのとき毎日声をかけてくれて、支えてくれて、本当にありがとうございました。私は今も、あなたの笑顔に背中を押されながら歩いています。

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