月刊「PHP」2018年8月号 裏表紙の言葉

人はなぜ山に登るのか。その問いには、ある名登山家の"そこに山があるから"という答えが知られている。たしかに吸い寄せられるように、時に人は山の魅力の虜となる。

ただ、山を人生で経験する試練と見立てれば、人は誰でも、山また山を越える日々を延々と強いられているとも言えまいか。とすると、〝そこに山があるから〟との言葉には、所詮登るしかないという切羽詰まった境地も窺える。

低い山に高い山、穏やかな稜線の青山(せいざん)や険しい尾根が続く雪山――。自分がこれから登る山に、一つとして同じ山容が現れることはありえない。大切なのは、たとえどんな山が姿を見せようと、断じて登頂を果たすという覚悟を持つことであろう。

苦しいのは当然であるけれど、山頂の絶景を目にする喜びを味わい、沢で見かけた名も知らぬ花にも癒しを得ることもある。決して辛いことばかりではない。

ゆっくりでもいい。登り続けることである。今日の山上の天候を窺いつつ、いま自分が目指すべき頂を確かな足取りできわめてゆこう。