月刊「PHP」2019年7月号 裏表紙の言葉

昔、ある武家が白隠禅師に、地獄と極楽とはどこにあるのか尋ねた。すると禅師は、武家のくせに死後のことを騒ぎ立てるのは臆病者だと大いにからかった。

激怒した武家が刀を抜いて、禅師を切り捨てようと刀をふりかぶったその時、「それが地獄じゃ」と禅師が叫んだ。はっと我に返った武家が刀を収め、謝罪すると、禅師は、「今のが極楽じゃ」と諭したという。

このように地獄や極楽はわれわれの心中、絶えず入れ替わっているのである。

誰でも地獄より極楽のほうに行きたいはず。けれども、日々、様々な事件が取り沙汰されるのは、事件を起こした人と同じ数だけの人がつい地獄に心を寄せられたからではあるまいか。対岸の火事と思っていても、いつどんな関わりで地獄の淵に立つか分からないのが世間というものであろう。

心とは一日に何千回も移りゆく。常時平穏でいることは困難に違いない。しかし、たとえ地獄に取りつかれても、必ずすぐに極楽に戻ってこられる、そんな心がけを確立したい。