月刊「PHP」2019年10月号 裏表紙の言葉

人が幸せな人生を送るには、敵対する者がいないほうがよいと思いがちだが、実際はそうではない。好敵手がいれば自分も向上できる、あるいは実際に戦って勝てば勝利の喜びに浸れる、ということで敵の存在はむしろ重宝なものらしい。

個人ではなく、組織や国家であれば、なおさら敵は必要とされる。「仮想敵」という言葉があるのは、自分たちの成長を促すためにわざわざ敵を想定し、その敵に勝つための戦略的な検討を行なうことが、甚だ有効だからである。

やはり敵はいないよりもいるほうが有意義と考えるのが、世の常なのであろう。

一方でわれわれは大切なことを忘れてはいないか。それは自分という"内なる敵"の存在である。

たとえば、目標達成のために努力している自分を、堕落させる真犯人は、意志の弱いもう一人の自分であったりする。これは仮想ではなく、多くの人が実感している。だからこそ、人は不甲斐ない自分に落胆し、時に憤りすら覚えるのではなかろうか。

敵は一体誰なのか、見極めが肝心である。