柚木麻子(作家)

1981年、東京都生まれ。立教大学文学部フランス文学科卒業。2015年に『ナイルパーチの女子会』(文春文庫)で山本 周五郎賞受賞。『ランチのアッコちゃん』(双葉文庫)、『BUTTER』(新潮文庫)など著書多数。最新刊は渾身の女子大 河小説『らんたん』(小学館)。

くつろぐのが苦手な人は、どうすればいいのでしょうか?

この原稿の依頼を受けたとき、私は5年がかりで新刊『らんたん』を書き上げたばかり。発売まであと一週間というところで、とてもおだやかで優しい気持ちだった。
アトリエを借りて念願だった大きな絵を描いたり、時間をかけておでんやスープを煮込んだり、仕事とはなんの関係もない読みたい本をさっそく開いたり、ずっとコロナで自粛生活をしていたので、感染者数が減った今がチャンスとばかりに家族で少しずつ外出を増やすようになっていた。
日々楽しく、ストレスがないので、努力しなくても毎日8時間ぐっすり眠れた。ホッとする考え方? そんなのいくらでも書けるし、そもそもすべては気の持ちよう、緊張がゆるまない人はスマホを家に置いて、木漏れ日の中を歩けばいいのに、秋はとても美しいわ......くらいに思っていた。
そして1カ月後──。
本がいよいよ発売し、ありがたいことにインタビューやイベントが連日入っているが、同時に売れ行きや評判、つまり編集者さんからの連絡が気になって仕方がない。そうなると、私の心はにわかに騒がしくなりはじめ、片時もスマホが手放せなくなった。
あのおだやかな2週間はもう遠い昔のように思える。夜も不安でなかなか寝付つけない。二転三転するスケジュールに手帳はグチャグチャで最初に何が書いてあったのか、持ち主にさえわからない有様だ。

必要なときに忘れてしまうセルフケア

雑誌にはよく、忙しい毎日のくつろぎのライフスタイル例として、観葉植物を置いた片付いた部屋で、ストレッチをしたり紅茶を飲む女性のグラビアが載っている。2週間前なら確実にそんなことができたが、今の私にはそれは無理なのである。そうなのだ。メディアが提唱するリラックスライフは、リラックスが何より必要なときには実践できないものばかり!! 暇なときならやれるのに!!
わかっている。こんなときこそ、何より大切なのが心のオンオフの切り替えなのだ。緊張をゆるめて、少し好きなことをしてみる、散歩してみる、スマホから離れて深呼吸することが大事なのだ。完全なくつろぎではなくても、ほんの一時、心を解き放つ。
しかし、なぜかできない。今は外に少し出るのも寒くて嫌だし、あんなに好きだった絵を描くのも急におっくうで、それだったら少しでも仕事を進めておいた方がいい、と思ってしまう。
私はセルフケアに敏感で、日頃から自分を大切にするための情報やテクニックを集めているのだが、いざセルフケアが必要なときになると、全部忘れてしまい、ネットサーフィンで眼球をカラカラにしているのである。
思うに、これは私の極端な性格によるものだ。めちゃくちゃ遊ぶ、めちゃくちゃ働く、めちゃくちゃ寝る、ならうまくできる。でも、適度に遊ぶ、働く、寝る、ができない。
そろそろ、体力的に無理が効かなくなっているのだから、中庸を覚えるべきなのに!! 
こんなときこそ、完全なる休息ではなくても、ほんの少しだけでいいから、心身をゆるめる工夫をするべきだ。

切り替え下手な私がしていること

忙しい毎日でもホッとできる瞬間を意識的にもつこと。あとよく眠ること。それさえできる人ならどんな難局でも切り抜けられると、私は思っている。現在、目が泳いでいていつも心ここにあらずの状態の私が言うのだから、間違いない。
そんな切り替え下手な私だが、自分なりにいくつか実践して(実は今はちょっと忘れていたが)、なんとかやれそうなことがあるので、ここに書いてみたい。
(1)ネットをやりすぎているなと思ったらすぐやめる。ただし、ネットした時間を計算して無駄にしたと自分を責めたりはしないこと。
(2)簡単な方法でいいからココアを作る(豆乳、ラカント、塩、ココア粉を鍋に入れ、火にかけ泡立てる)。
(3)寝る一時間前はスマホ禁止。
(4)命の母、薬用養命酒を飲むのを忘れないように。
(5)薬用養命酒以外のお酒は飲まない(アルコールに強いのでどんどん飲んでしまい、リラックスにならない)。
(6)本を読むならすでに中身を知っているもの(わくわくして徹夜の読書になるのを避ける)。
(7)できるだけ子どもと暮らしのペースを合わせる(お風呂、寝る時間など。一緒に入り、一緒に寝てしまう)。
とはいえ、これくらいが私にできる限界だ。

ガチャガチャした自分を許そう

最近は、あんまり自分の極端さを責めないことも大切かもしれない、と思い始めてもいる。確かに、私は上手に休息をとったり、小さく努力を重ねて、無理にがんばるのを避け ることはとても苦手だが(それができたらいいなあと心から思う)、その代わりに特大の打ち上げ花火をあげる力だけはあると思う。
忙しいときに、心をゆるめられる方法があるとしたら、それは、器用とはいいがたい、時間の使い方がうまくない自分をあんまり責めないことではないだろうか。
そもそも、仕事をしたり、家事をするだけで我々はもう十分よくやっているのである。その上、心の平穏までキープして、いつも笑顔でいろなんて、難易度が高すぎるのだ!
心がグチャグチャで切り替えがうまくない、いつも気がそぞろ......。それでも私は締め切りは守ったし、ちゃんとご飯は作った。それ以外のことは枝葉にすぎない。そんなふうに感じられるようになってくると、不思議なもので、ちょっと外を歩いて近所のお庭を見てこようかな、と思えてくるのだから、やっぱり少しでいいからガチャガチャした自分を許すことから始めてみたいと思う。