PHP研究所主催 2022年度文部科学省後援
第6回PHP作文甲子園 優秀賞受賞作

川端瑞己
岡山学芸館高等学校2年(受賞当時)

ある日、目が覚めたら蟻になっていた。最初その現状に戸惑いを隠せなかった。昨日、たしかに自分は人間でベッドの上で寝たはずだった。そうこう考えているうちにとてつもなく巨大な物が現れた。母さんだ。必死な思いで叫んでみたが、届かない。
そのとき、母さんと目が合った。やっと気がついてくれたうれしさが込み上げたのも束の間 、巨大な足が空から降ってきた。危ないと思って避けて見上げると、その正体は母さんだった。母さんは自分を処分しようとしていたのだ。
自分はこの恐怖から必死に逃げ惑った。母さんは容赦なく踏みつけようとしてくる。自分の息子がいなくなっていることにまったく気づいていない。まるで最初から息子がいなかったかのように。記憶を頼りに家のドアまで急いで向かい、ドアの下をくぐって逃げた。何とか逃げたと思い周りを見渡すと、それはもう広大な世界が広がっており、いつもの見慣れた景色が別世界になったような気がした。
少し歩いていると、小学生ぐらいの子何人かが自分の周りを囲みだした。何をするのかと思えば、子供たちはいっせいに自分を踏みつけようとしてきた。絶大な恐怖と不安で動けなくなったとき、人間だったころを思い出した。
人間だったころ僕は同級生をいじめていた。理由は単純で、日々のストレスをぶつけていただけだ。悪意なんてなかったし、弱そうな子をいじめていた。今の子供たちも一緒で、もちろん悪意なんてないし、ストレス解消で蟻を踏みつけようとしたのだろう。今になって初めてあの子の気持ちが、つらさがわかった。
目が覚めると人間に戻っていた。母さんが僕を呼ぶ。僕は普段通り学校の支度をする。でも普段と違うところがひとつある。 あの子に謝る決意をしドアを開け見上げると、少し近くなった空が透き通って見えた気がした。

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