月刊「PHP」創刊75周年記念特設ページ

心を寄せ合い、あたたかい社会を

月刊「PHP」は1947年に松下幸之助によって創刊され、おかげさまで本年4月、75周年(通算888号)を迎えます。
PHPとは“Peace and Happiness through Prosperity”の頭文字で、「繁栄によって平和と幸福を」という、松下幸之助の願いが込められています。

月刊「PHP」へのメッセージ

阿川佐和子さん(作家)

阿川佐和子さん(作家)

本誌が創刊75周年を迎えるとのこと、まことにおめでとうございます。75年ということは、終戦からたった2年後に創刊されたという計算になりますね。
敗戦の混乱状況の中で松下幸之助氏がどのような意図をもってこの雑誌を始めようと思われたのか。
おそらく打ちひしがれた日本人を元気づけ、悩みを抱える人々を励まし、明日への希望の光を照らそうとなさったのだろうと想像される……

内館牧子さん(脚本家)

内館牧子さん(脚本家)

会社勤めをしていた20代の頃、仕事に将来はなく、周囲は次々に結婚退職。私の暗黒の時代でした。そんな時、『PHP』にどれほど救われたかわかりません。人生を語る各界の人々に、私は間違いなく「切り拓く」という力を頂いたのです

尾崎世界観さん(クリープハイプ/ミュージシャン)

尾崎世界観さん
(クリープハイプ/ミュージシャン)

75周年、本当におめでとうございます。これからも、頼れる暮らしのヒントでいてください。そして、どうかまた私を出してください!

松岡修造さん(スポーツキャスター)

松岡修造さん(スポーツキャスター)

PHP――繁栄によって平和と幸福をもたらすきっかけは、世の中にさまざまな形であふれている。
僕は、日めくりカレンダーをはじめ、PHPさんと一緒に幸せを届けるチャンスをいただけたこと、心から幸せです。
時代は流れていっても、人の心を幸せにするのは「言葉」であると信じています。
だからこそ、これからも『まいにち、PHP』!

月刊「PHP」75年の歩み

村弘さん(歌人)

穂村弘さん(歌人)が読む月刊「PHP」創刊号

昔の雑誌には、内容それ自体のおもしろさもあれば、今の時代から見たときに生じるおもしろさもありますね。古い小説を読んでもその時代のことがわかるんだけど、雑誌のほうがより色濃く表れると思います。

月刊PHP創刊号
◎月刊「PHP」創刊号(1947年4月発行)電子版で無料配布中!

月刊「PHP」 カバーギャラリー

月刊「PHP」の歴代カバーをご紹介します。各年代ごとに趣の異なる装画がカバーを彩り、誌面には時代を代表する方々が登場されました。

創刊(1946年~)室生犀星、湯川秀樹、猪熊弦一郎
1950年代 佐々木信綱、棟方志功、山口誓子
1960年代 稲垣足穂、永 六輔、村岡花子
1970年代 宮城まり子、会田雄次、椋鳩十
1980年代 
森光子 
河合隼雄、
やなせたかし、椋鳩
1990年代 遠藤周作、佐藤愛子、渡辺和子
2000年代 田辺聖子、稲盛和夫、五木寛之
2010年代 
草笛光子 
角野栄子 
加藤諦三
2022年創刊75周年記念号 
八代亜紀、榎本淳弥、大野 裕

キーワードで読む月刊「PHP」

キーワードで読む月刊「PHP」

編集長よりごあいさつ

その火を絶やさずに-創刊75周年によせて-

雑誌というものは、最初に作った人の思いがすべてなのではないか。そんなふうに考えることがあります。それはさまざまな雑誌を見て思うことでもあり、8年ほど前に一から自分で雑誌を作った経験から得た実感でもあります。
そこに灯った火を、その熱量を、いかに絶やさず受け継いでいくか。その難しさを、ずっと考え続けています。時にいろいろな人の意見を聞き、時に一人で籠って。考えながら、雑誌を作っています。
熱を保ち続けるとはどういうことか。そのヒントとなるのが「素直な心」かもしれません。素直な心とは、とらわれないこと。最初に作った人の発言や過去の成果を金科玉条のようにありがたがることではないはずです。「今までずっとこうだったから」と、変えずに(変えようという発想すらなしに)いることでもないはずです。
時代は変わる。1947年に人々が味わった絶望や希望はその人たちにしかわかりえないもので、もちろん今という時代もその地続きにあるのですが。豊かになったといえばそうなのでしょう。一方で、経済も人口も右肩上がりの時代とは違います。働き方も変わる。家族のあり方も変わる。変えることが目的なのではなく、変わることで生きやすくなる人が増えるために。
松下幸之助はまた、PHP研究所創設22周年記念の式典で「人間というものは、限りなき繁栄と平和と幸福というものを、原則として与えられているものだ」と話したといいます。それから半世紀以上。さまざまな課題や問題を抱える現代で、「そもそも誰もが幸せになるようにできている」と思える人が増えてほしいですし、そういう社会になってほしい。そのために「提案し考えあう一つの場」として月刊「PHP」があり続けられるよう、また次の時代に手渡せるようにしたいと思います。

月刊「PHP」編集長
月刊「PHP」編集長 丹所千佳

これからも読者とともに

母から私へ、私から娘へ

私は、月刊「PHP」を高校生のころから読み続けています。
登下校する電車の中やバスの待ち時間に、パッと開いて読んでいました。
「PHP」を読むきっかけになったのは、母にすすめられたからでした。
「この雑誌、とってもいいことや大切なことが書いてあるから読んでみなさい!」の一言で、かれこれ約二十年ずーっと読んでいます。
「PHP」を読み続けてよかったと思うのは、迷うことや不安なことがあるとき、背中を押してくれる言葉をもらってきたからです。
今年の春、娘が高校生になり、私が「PHP」を読み始めたのと同じ年齢になりました。
今も自宅で毎号読んでいるので、娘もリビングで手にしては読んでいます。
母から私、私から娘へ、「PHP」が受け継がれていきます。
私たちの心をはげまし、勇気づけてくれる「PHP」を、これからも家族みんなで読み続けていきたいです。
(40代 女性)

「音訳PHP」を愛聴しています

私は全盲で、音声入力ができるパソコンを使ってこの原稿を書いています。
PHPのウェブサイトは音声パソコンでもアクセスしやすいようになっていて助かります。
月刊「PHP」は、いつもサピエ図書館の「音訳PHP」から借りて聞かせていただいております。
ありがとうございます
(60代 男性)

たくさんの感動や気づきを教えてくれた雑誌

「街のでんきやさん」のフェアに行くと、「PHP」を手渡され、「以前はよく投稿されてましたよね」と声をかけられました。
三十数年前に子供が生まれ、私の世界は大きく変わりました。
それまでは当たり前だと眺めていたものを子供の成長とともに見直すと、たくさんの感動や気づきがありました。
それを綴っては投稿していたのです。
「今はもう投稿しないんですか?」と聞かれ、(あのころのようなときめきがないんだよな)と感じました。
が、少し思い直しました。
待っていてもネタは降ってきません。
五感を研ぎ澄ましていなければ、さまざまな出来事は、当然の顔をして目の前を通り過ぎていってしまいます。
来年、初孫が誕生します。
今度は孫の成長とともに世界を見直してみようかな。
何十年も前の投稿をこんなふうに覚えていて声をかけてもらい、つながることに、「PHP」の真髄を感じた瞬間でした。
(50代 女性)

大切な人への「贈り物」として

学生から主婦、ビジネスパーソン、会社経営者まで、性別や世代をこえ、たくさんの読者に愛読されてきた月刊「PHP」。感謝や応援などの気持ちを添えて、大切な人に贈る読者が増えています。

大切な人への「贈り物」として 母へ

数年前から定期購読で母親にプレゼントしています。母は持病のため月一回病院に行くのですが、待ち時間などに「PHP」を読んでいるそうです。コンパクトでカバンに入りやすく、内容もとても面白いといっていました。遠方で、最近はコロナ禍もあって、母とはなかなか会えないのですが、スマホを覚えたのか、「今月も届いたよ、ありがとう」と絵文字入りでメッセージが届くように(笑)。こちらまでうれしくなります(30代 女性)

大切な人への「贈り物」として 地域社会に…八天堂 森光孝雄社長

昭和8年、アメリカに端を発した大恐慌の影響を受けて暮らしが苦しくなっていく中、「甘くておいしい和菓子を通じて、少しでも周りの人たちを元気づけたい」という想いで広島県三原市に創業した八天堂。地域社会の発展のカギは、そこに暮らす子どもたちの健全な成長にほかならないと、同社では地域への感謝と貢献の気持ちを添えて、月刊「PHP」を市内の学校に贈呈しています。

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